被害者保護を妨げるストーカー規制法の「ある要件」 犯行動機を恋愛感情と断定できず、悲劇に

荻上チキさん(左)や内澤旬子さん(中央)らの記者会見=8月、東京都内

 特定の人に付きまとったり、嫌がらせを重ねたりするストーカー。警察庁によると、相談件数は2013年から年間2万件台という高い水準が続いている。一方で被害者を守る規制法も2000年の成立後、社会の変化に合わせて見直し、今年は3回目の改正法が施行された。それでも、被害者らが改正を強く求めた点は盛り込まれなかった。

 積み残しとなったのは、犯行が恋愛感情に基づいていないと規制できない「恋愛要件」の扱いだ。ストーカーの犯行動機は、恋愛感情と必ずしも認定できないケースが意外に多いことが、最近の大規模な被害実態調査から浮かび上がった。この要件が障壁となり、被害者の保護を妨げている。(共同通信=亀井淳志)

 ▽要件に縛られる警察

 文筆家の内澤旬子さんは、かつて元交際相手からストーカー被害に遭い、警察に申し出た。だが、恋愛要件を満たさないとして規制法で守ってもらえなかった。「既に別れていて憎悪の感情による」と判断されたためだ。

 

会見で話す内澤さん

 内澤さんは12月、取材に「捜査の現場も、法適用の基準が行為でなく感情であることに苦慮していた」と振り返った。警察がストーカーに対して積極的に対応するためにも、恋愛要件の「縛り」を取り除くことは必要だと考えている。

 こうした状況は、評論家の荻上チキさんが代表を務める「社会調査支援機構チキラボ」が今年まとめた被害実態調査で裏付けられた。調査はインターネットを通じ、首都圏の20~59歳の男女から約6700人分の有効回答を得た。

 ▽3割超は「よく知らない人」

 付きまといや待ち伏せなどの被害を受けたことがあると回答したのは939人で、加害者が誰かを尋ねたところ「全く知らない相手」という何の接点もないはずの相手が20・3%に当たる191人に上った。

 

「職場やアルバイト先の客」の12・5%、「会員制交流サイト(SNS)などで知り合った人」の4・7%の回答を合わせると、計約3分の1は、被害者から見て関係性が低い相手からストーキングを受けていたことになる。

 一方で「交際相手・元交際相手」と答えたのは21・8%にとどまった。「恋人の片方が一方的にうらみを募らせた」という典型的なイメージを覆す結果となった。

 荻上さんが問題視するのは、接点が乏しい相手から付きまとわれる約3分の1の被害者が、規制法に基づく保護を受けられない点だ。警察に相談しても、相手がよく知らない人では恋愛要件が満たされにくく、警察は禁止命令などに消極的になる。

 ▽加害者におびえ、引っ越しも

 調査では、被害者がどんな対応を取ったのかも尋ねた。被害者が男性の場合、人付き合いを減らしたり、職場や学校を休んだりするなど、人間関係を断とうとする対応が多い傾向がみられた。

 一方、女性の場合は「一人で出歩かないようになった」(18・7%)、「引っ越しをした」(14・5%)という割合が、いずれも男性より大幅に高い。加害者の影におびえ、行動制限を余儀なくされるなど、生活面でも深刻な被害を受けていることが判明した。

 ▽「ただし書き」で解決可能か

 ではなぜ、恋愛要件を撤廃できないのだろうか。例えば、記者の取材活動では渦中の人物からコメントを聞き出そうと追い掛けたり、住宅前で待機したりすることがある。恋愛要件などで限定されず、行為だけでストーカーと認定してしまうと、ほかにも多くの人の社会活動に影響が及びかねない。

 こうした点を踏まえ、荻上さんが提案するのは恋愛要件を法律から取り除いた上で、一定の「ただし書き」を付けることだ。例えば「取材活動など社会通念上認められることは付きまとい行為の対象外」と規制法に明記すれば、解決できる可能性があると説明する。

 その上で「懸案事項をしっかりと議論し、真っ正面からの検討をお願いしたい」とさらなる法改正の必要性を指摘している。

 ▽加害者の治療を求める声も強く

 ストーカー対策では、他にも急務といえる分野がある。8月に東京都内で荻上さんが開いた記者会見には、内澤さんも同席し、加害者治療の義務化を訴えた。「被害者がおびえずに安心して生きていくには、加害者の凝り固まった怒りや執着を解きほぐし、無害化するしかない」

 

 今回の調査では、被害者が望む取り組みを複数回答で挙げてもらう設問もあった。「警察の相談体制の拡充」が最多の38・8%、「加害者への刑事罰の強化(厳罰化)」が30・9%となった一方で「加害を繰り返してしまう人が相談できる仕組みづくり」(18・2%)、「加害者への治療プログラムによる付きまとい感情の解消」(13・3%)を挙げた人も少なくない。

 ▽GPS規制で守られる人も

 ところで、3回目となった今年の法改正では、新たに衛星利用測位システム(GPS)機器を使ったストーカー行為などを規制対象に加えた。内澤さんは、この点だけでも守られる被害者は増えると感謝しつつも、こう強調した。「この法律にはまだまだ足りない部分がある」

 まずは、恋愛要件の見直しと加害者治療の義務化に向けた取り組みを、迅速に進めるよう求めている。

© 一般社団法人共同通信社