サッカー元日本代表、玉田が引退会見 「満足せず成長して」V長崎へエール

「このタイミングでやめてよかった」と晴れやかな表情で語る玉田=出島メッセ

 今季限りで現役を引退したサッカー元日本代表のFW玉田圭司(41)が11日、長崎市内で記者会見に臨み「このタイミングでやめてよかった」と晴れやかな表情で語った。
 千葉県出身。1999年に柏でプロデビューし、2006、10年と2大会連続でワールドカップに出場。19年から最後の3年間はV・ファーレン長崎でプレーした。まだ第一線で活躍できる力がありながら「惜しまれるうちに退きたい」と今年11月11日に引退を発表。12月5日のJ2最終節をもって23年間のプロ生活に終止符を打った。
 柏時代は「まだまだ子どもだった」、名古屋で「いまの自分の基盤を築けた」、C大阪は「本当に素晴らしい選手たちがいて、もっと若いうちに会っていたら自分のサッカー人生も変わっていた」と歴代所属クラブでの思い出を回顧。最後にV長崎に対して「若い子がたくさん活躍していて、みんな純粋でかわいい。現状に満足せずに成長してほしい」と温かいエールを送っていた。

トークセッションで旧友の三都主氏(左)と笑顔で談笑する玉田=出島メッセ

 さらに日本代表や名古屋で共にプレーした三都主アレサンドロ氏(44)がサプライズ登場。スポーツジャーナリスト、元川悦子氏の進行でトークセッションを繰り広げ、県内外から駆けつけたファン300人を楽しませた。

<一問一答> 監督業も視野 見て楽しいサッカーを

 玉田の引退会見は最後まで涙なし。終始和やかな空気で進んだ。以下、一問一答。

 -23年の長いプロ生活だった。
 若いころはスピードとドリブルが持ち味で「お前みたいなプレーでは長く続かない」と言われたけれど、それで奮起したからここまでやれたのかな。負けず嫌いが功を奏した。今でもV長崎で一番いい選手は僕だと思っている。その気持ちってすごく大事。完璧な選手はいないけれど、これだけは負けないという部分があるかどうか。
 もう一つは、その時々の状況に応じて自分が生き残るために、チームに必要な存在になるためにどうあればいいのか。そういう視点で考えるのは人よりたけていた。

 -FWとしてのこだわりは。
 FWとかストライカーのこだわりは持ったことがない。点を取るためにサッカーをしていたわけじゃない。そこらへんが普通の選手と考え方が少し違うのかもしれない。僕はとにかくサッカーを楽しむことを心掛けていて、その言葉を発して苦しい時も自らを奮い立たせていた。

 -もし左利きではなかったら。
 サッカー選手にもなれていなかったんじゃないか。それくらい左足にはこだわりを持っている。

 -サッカーの奥深さについて。
 足でやるスポーツだが、年を取れば取るほど、本当は頭でやるスポーツだと思った。でも走るだけ、頑張るだけでもサッカーは成り立っちゃう。それが怖い部分でもあって。やっぱり、もっと頭を使ってサッカーをしてほしい。

 -今後は指導者への挑戦も視野に入れている。「玉田監督」が掲げるサッカーは。
 まずはワクワクするとか、見ていて楽しいサッカーをしたい。自分のスタイルを確立して「玉田=これ」というものを築ければいい。僕が一番衝撃を受けたのはグアルディオラ監督時代のバルセロナ。あれを見てサッカー観が変わって、今もその考え方を持ち続けている。

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