グレゴリー・ポーターが語る、ジャズ的な精神を見事に体現した「新作」

取材・文:佐藤英輔

12月中旬、ZOOMで繋がったグレゴリー・ポーターは変わらず、その外見や笑顔だけで接する者を優しく包み込むような温情にあふれていた。ニューヨークから取材に応じてくれているのかと思えば、なんとロンドンに滞在中とのこと。

「ジュールズ・ホランドのテレビ番組(元スクイーズのキーボード奏者で、長年いろんなミュージシャンが出るBBCのTVショウのホストを務め、それに準ずるアルバムも出している)に出演するために来ていますよ」。

ほぼ毎日検査を受けるなど気を使っている様子だが、今はツアーも始まり、相手国次第にはなるだろうが、海外にも自由に渡れる状況にあるという。

ポーターは、2021年11月下旬に新作『スティル・ライジング』を出したばかり。その表題は全曲自作で固めた前作『オール・ライズ』を継ぐものだが、前作のアルバム・タイトルにはコロナ禍の暗い状況を受けて、ポジティヴな気持ちを込めていた。

<動画:Gregory Porter - Concorde (Official Music Video)

「『オール・ライズ』にはすごく誇りに思っています。パンデミックが始まる前にレコーディングしたアルバムですが、この状況において、愛や人生や生きることに対しての達観した見解を伝えるものになったのではないでしょうか。パンデミックが始まって1年半ものあいだ苦労した後でもいまだ示唆する内実を持っており、新作の『スティル・ライジング』は『オール・ライズ』の収録曲も交えた、その延長線上にある作品です」

実は昨年、彼は1歳違いの兄であるロイを新型コロナ感染で失った。それが、本作制作の動機に繋がっている。

「兄が亡くなってしまい、自分の曲を聴き直すことで自分を癒していました。自分の音楽そのものが癒しとなり、改めて力を持っていることに気づいたんです。<ノー・ラヴ・ダイイング>や<リキッド・スピリット>らを聴き直すなかで、新たな聴こえ方を得ることができ、それらをもう一度くくり直してみたいと思いました。

選ばれた曲は抑えることができないようなとても大きい愛情を描いているんですが、それらを聴くことでどんどん気分が上向いていったんです。パンデミックに対し音楽が持つポジティヴな面を生かして、再提示してみたかったのです。兄も過去の録音に立ち会っているんですよ。だから、彼も音楽のなかにいるというとても個人的な意味合いがあるとともに、もちろん皆さんに聴かせる意義があると思って作りました」

<動画:No Love Dying

18曲収められたそのDisc1はブルーノート契約前のモテマ・レーベル時代のアルバムから前作『オール・ライズ』までの曲が選ばれた、ベスト・セレクション的な内容とも言える。だが、その後半の8曲は新アレンジのヴァージョンや新/未発表曲が並べられた。

<動画:Gregory Porter - Dry Bones (Official Video)

「今まで歩んできたキャリアの中で、ポジティヴな考え方をしている曲やお互いに対する敬意や愛情が入っているものを選びました。また、音楽に対して多大な敬意を持つ一方、音楽ジャンルに対するこだわりは持ちたくありませんでした。ようは自分はジャズ・シンガーであることに満足していますが、ゴスペル、ブルース、ソウル、ダンス・ミュージックにまたがるものも入れたかったんです」

たとえば、Disc.1の新曲のなかには、チェス・レコードのプロデューサーのウィリー・ディクソンが1955年に書いたブルース・スタンダードの「マイ・ベイブ」もある。彼はそこで軽快にスキャットも披露している。

<動画:My Babe

「12曲目の「マイ・ベイブ」は、ブルース・クラブで皆が幸せそうにビールを飲んでいるようなシンプルでジョイフルな光景を描きたかった。ブラック・ライブズについて悲劇的なとらえ方ではなく、どちらかというともっと楽しいブラック・ライブズを描きたかったんです」

また、スティングが映画のために作った曲「イッツ・プロバブリー・ミー」のライブ・ヴァージョンも収められている。それについて問うと、「この曲を選んだ理由は、まるで自分が書くような曲だったからです。自分が伝えたい言葉がまさにここにはあります。スティングにそのことを伝えたら、彼は笑っていましたね」と、彼は微笑んだ。

<動画:It's Probably Me (Live at Polar Music Prize, Stockholm / 2017)

それらは自然に、あるべきところにあるという感じで収まっている。こうすれば受けるだろう、こうすれば面白くなって人の興味を引くだろうという指針を取る人もいるなか、彼は自分の中に積み上げてきたものを素直に聴き手に差し出そうとしているように思える。

「まさにそうです。私が大切にしてきたのはメッセージ性で、ラジオやレコード・セールスでヒットやホームランを打ちたいとは意識していません。そういう状態になったことには感謝していますが、愛のオプティミズムやお互いに敬意を払うことをいつも大切にしていますね」

ポーターの様々な表情を明解に伝える『スティル・ライジング』を聞くと、彼が秀でたシンガーであるとともに、なんとも卓越したソングライターであるとも痛感させられるだろう。

「曲を書くときには何を伝えたいかという動機は存在していて、どこかで意識的な部分もあるんですが、自分が表現したいことが歌詞として明解に出てきますね。私は音楽や言葉、歌詞のマジックが本当に好きなのです。もちろんプロセスは経ていかないといけないわけですが、その中でマジックが起こります。私たちはコンピューターではなく人間ですからすごくスピリチュアルな部分がそこここにあり、私はそういう部分が非常に好きです」

一方、16曲が収められたDisc2には聴く者だれもが驚かされるのではないだろうか。モービー、ベン・ロンクル・ソウル、ジェイミー・カラム、ローラ・ムヴーラ、ヨー・ヨー・マ……。ポーターは、これほどまで様々なジャンルの人たちとコラボレーションしてきたのか、と。

<動画:Moby - 'Natural Blues' (Reprise Version) ft. Gregory Porter & Amythyst Kiah (Official Music Video)

「違うジャンルの人たちであってもジャズを愛してリスペクトしており、私の音楽を聴いてくれていることが驚きです。実際、いろんなジャンルの人たちから電話をもらいますね。私がジャズから外に出て自己表現していくことは、広い音楽仲間を生むことにもなっています。

そして、それをすることは同時にジャズを聴いていない人をジャズに引っぱり込こんでいくことにも繋がります。それって、異なる花粉を交配させることに近いのではないでしょうか。Disc2のリストを見ても、世界でも素晴らしいトップ・クラスのヴォーカリストであるダイアン・リーヴス、レイラ・ハサウェイ、リズ・ライトなどもいて、自分でも驚きます」

そして、そうしたしなやかかつ臨機応変な姿勢こそは、ジャズ的な精神を見事に体現しているとも言いたくなる。

「そう、まさにそれがジャズの姿勢です。生粋のジャズ信仰者であっても、おおらかに音楽を探求することが肝要であり、すべてを認めていくべきだと思います。

過去を振り返ってもジャズがラテンやブラジル音楽を探求したり、ノラ・ジョンズがカントリー・ミュージックを探求したりしています。ワールド・ミュージックやヨーロピアン・トラディッショナルの中にジャズが存在していたりもしますし、ジャズが違う音楽と重なっていくことがジャズの伝統なのではないかとも思います。私は新しいことをやっているジャズの反逆児ではなく、それはマイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピーが常にやってきたことであって、私はその足跡をたどっているだけです」

また、Disc2はナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルド、ジェリー・ロンドンら往年の名シンガーとの技術を介した“時空を超えた”デュエット曲も収められている。そうした曲群は、音楽は過去から脈々と受け継がれてきているものであること、先達たち活動の先にポーターが今のジャズ・ヴォーカル表現を作っていることを教えてくれる。

<動画:People Will Say We're In Love

「継続性がある輪のなかに、自分がいるからこそ価値があるのだと思いたいです。自分が今立っている土台にはナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルド、ジェリー・ロンドン、ニーナ・シモン、サミー・デイビスJr、ルー・ロウルズといったように挙げたらキリがないのですが、そういう人たちがいます。そして土台となるものは、とっても深く広いものだと思います」

38歳という年齢でアルバム・デビューした遅咲きの彼は、この秋で50歳になった。『スティル・ライジング』を発表した今、ポーターはこれからどのように進んでいきたいと考えているのだろう。

「すべて悲しい出来事が引き金になっているわけではなくて、今の私には4ヶ月になる赤ん坊(男の子)がいて、新しい命が生まれた喜びもあるんです。それがどういう意味を持っているのかも考えたいですし、他にも地球の温暖化とか、私はもっと広い事象についても考えていきたい。自分のことだけではなく、自分の子供にも意味のあることを伝えていけたらと思っています」

さらに、彼は今後のことをこうも語る。

「もちろん新しい曲は書いていきたいと思っています。そして、それ以外は今ツアーを再開したばかりなので、ツアーをしっかりやりたいですね。今は『オール・ライズ』と『スティル・ライジング』の2つのアルバムを携えてツアーをし始め、このツアーを来年も続け、2022年末に新しいアルバムのことを考えたいです」

もちろん、日本にもライヴで来たいとポーターは願っている。その話を振ったら、彼は「うん、本当に恋しくて、恋しくて、恋しくてたまらない(彼は“アイ・ミス・ユー”を、3度重ねた)。本当に僕も、日本に行くのを心待ちにしています」と返答した。

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■アルバム情報

グレゴリー・ポーター

『スティル・ライジング~ベスト・オブ・グレゴリー・ポーター』
2021年11月5日(金)世界同時発売

視聴・購入などはこちら→gregoryporter.lnk.to/StillRising_TheCollectionPR

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