記憶に刻まれる2021シーズンのラスト10分

槙野、神がかりのゴールで浦和に別れを告げる

© 株式会社全国新聞ネット

サッカー天皇杯決勝で大分に競り勝ち、3大会ぶり8度目の優勝に大喜びの浦和イレブン。手前はカップを掲げる宇賀神友弥(3)と槙野智章(5)=19日、国立競技場

 観客席を見ても「決勝という感じがしないね」と友人が言う。例年ならば元日に行われる天皇杯決勝。来年1月にW杯アジア最終予選が組まれているため、今回は変則日程で12月19日に行われた。新年を天皇杯決勝とともに迎えてきた身としては、何か違和感がある。

 そのような中、浦和レッズと大分トリニータで争われた決戦は劇的な結末で幕を閉じた。いろいろな見方があり、感じ方はさまざまだろう。個人的にはアディショナルタイムも含めた最後の10分がなければ、あまり印象に残るカップファイナルにはならなかった気がする。

 開始から選手のタイトルに対する気持ちの入り方が伝わってくる試合だった。球際での奪い合いがいつも以上に激しい。開始直後に相手を倒したプレーがあった。それに対し荒木友輔主審は笛を吹かなかった。リプレーで見ればボールに触れなかった足が、明らかに相手の足を引っ掛けている。ファウルであるべきプレーを流したために、これが判定の基準になってしまった気がする。

 確かに試合を通して基準が一定していれば、問題はない。ただ、この試合ではファウル気味のプレーを流す傾向が強かった気がする。リーグ戦ではファウルになっていたものが、ファウルに判定されなかった。先制点もファウル気味の接触が絡んだものになってしまった。

 開始6分のことだった。浦和は右サイドを関根貴大がドリブルで突破。一度は大分の守備網に引っ掛かった。しかし、これをフォローした小泉佳穂が右サイドから仕掛ける。対応したのは大分の三竿雄斗だ。三竿は小泉とボールの間に体をうまく入れ、その体を小泉が背後から押す形となった。倒れ込む三竿。このプレーを大分の守備陣はセルフジャッジした感がある。エンリケトレビザンは手を挙げてファウルをアピールしている。

 結果として、笛は吹かれなかった。こぼれ球を再び拾った関根が狭いスペースを切れ込んでマイナスのセンタリング。最後はフリーとなっていた江坂任がぽっかりと口をあけたゴールにボールを流し込んだ。

 審判が笛を吹くまでプレーを止めてはいけない。子どもの頃から言われていた言葉だ。ただ、プロ選手にもなると経験則がある。大分の選手から見ればファウルと感じたのだろう。このプレーに関してはかなり微妙だった。ファウル、ノーファウル、どちらでも不思議はない。

 早い時間での失点。片野坂知宏監督の「なんとか0―0の状況を続けていく中でチャンスを仕留めたい」というプランは早々と崩れた。前半は浦和がペースを握り、後半は大分が盛り返す展開。ただし、見せ場は多くはない、ある意味退屈な内容だった。

 久々に沸いたのは後半25分。浦和はドルブル体勢から関根が絶妙のスルーパス。江坂が抜け出した。GKとの1対1。大分のGK高木駿のポジショニングが絶妙だった。シュートコースのない江坂がGKから見て右にかわすのを予見していたのだろう。高木の体は一度倒れかかるが、右手をついて持ちこたえると、さらに右へとステップして、体を投げ出し、江坂のシュートをはじき出した。準決勝に続く守護神の活躍が、残り10分のドラマに価値を持たせた。

 後半27分に宇賀神友弥、38分に槙野智章。浦和はこの試合を最後にチームを去るベテランを投入して守備固めに入る。ただ、このリカルド・ロドリゲス監督の策は失敗に終わった。後半45分に大分が準決勝に続く信じられない大仕事をやってのけたからだ。

 残り時間も少ない時点で、片野坂監督の大胆な「カタノサッカー」が実を結ぶ。FKのチャンス。192センチの長身FW長沢駿に加え、エンリケトレビザン、ペレイラの2CBを前線に上げ、ターゲットを増やす。左サイドでパスをつなぐトリックプレー。利き足ではない右足で上げた下田北斗のクロスを、ヘディングで合わせ起死回生の同点ゴールを挙げたのはペレイラだった。

 「大分がまたやったよ」。多くの人が準決勝を思い浮かべただろう。奇跡的な勝負強さが、大分を勝利に導くのか。後半のアディショナルタイムは5分。ところが、この試合、神がかりと言いたくなる運の持ち主は相手チームにいた。

 誰が見てもすごいゴールだった。後半48分。浦和の右CK。大久保智明のクロスは守備陣に大きくはじかれた。ペナルティーエリア外にクリアされたボールを、柴戸海が難易度の高い左足ボレーでたたく。シュートコース上で待ち構えていたのが槙野だ。スピードのある強烈なボールを冷静にヘディングでコースを変え、GK高木の逆を突き、ゴールを奪った。鳥肌が立つとはこのことだろう。あまりにも劇的な結末だ。

 シーズンを締めくくる天皇杯は選手の思いや気持ちが入りやすい。これで最後になる選手が多いからだ。1999年1月1日、天皇杯を最後にクラブが消滅する横浜フリューゲルスが優勝した。今回、準決勝の宇賀神、そして、この日の槙野。決勝点を挙げたのは浦和に別れを告げる2人だ。

 サッカーは人の心が試合をつくる。2021シーズンの記憶に刻まれるラスト10分だった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。