宮沢りえ、唐十郎のアングラ舞台「泥人魚」で開花「将来は演出家、テント芝居も」演出家が証言

女優・宮沢りえの主演舞台「泥人魚」が東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演されている。今月6日の開幕から連日、その存在感を発揮している宮沢の姿を劇場で体感した上で、同舞台の演出家で俳優としても出演している金守珍(キム・スジン)に宮沢の舞台にかける思いや新たな可能性を聞いた。(文中敬称略)

同作は、唐が宮沢に当て書きした「ラブレター」。そう、金は指摘する。

2011年、唐十郎作・蜷川幸雄演出「下谷万年町物語」の稽古場からの帰り道、金が運転する車の中で、唐は自作のNHKドラマ「青春牡丹燈籠」(1993年)に当時20歳で主演した宮沢への思いを熱く語ったという。唐が主宰した劇団「状況劇場」の看板女優で元妻の李麗仙や、夫の石橋蓮司と共に旗揚げした劇団「第七病棟」などで唐作品を妖艶に演じた緑魔子といったヒロインを輝かせようとする思いが創作の原動力になった。近年は、その対象が宮沢りえ。状況劇場出身の金は今回、演出家として師の思いを受け継いだ。

「泥人魚」は、「劇団唐組」での初演以来18年ぶりの上演。宮沢にとっては「下谷万年町物語」「盲導犬」「ビニールの城」に続く4本目の唐作品となる。宮沢は、かつて長崎の諫早漁港で働き、今は都会の片隅にあるブリキ店で暮らす蛍一(磯村勇斗)を訪ねてきた「ヒトか魚か分からぬコ」と呼ばれる謎の女・やすみを演じる。長ゼリフが多いが、宮沢は膨大な言葉を血肉化して自然に発する。公演前の会見で「言葉を握りしめ突き進んできた」と話した稽古の成果を感じさせた。

金は舞台裏の宮沢について「演出家の視点がある」と証言する。

「りえちゃんは、僕が『座長』と呼んでいるくらい、全体への目配りがある。自分の出番だけでなく、全部の稽古を見て、他の役者の演技について、『キンちゃん、こうした方がいいんじゃない?』と僕に言ってくるんですよ。僕も気づかない、より細かいところを見ていて、それを伝えると、役者が輝く。演出助手と言ってもいいんじゃないかと思うくらい。彼女は演出家としての目を持ち始めていて、いずれ演出もできるんじゃないかと思っています」

宮沢は19歳上の金を「キンちゃん」と呼ぶ。金の盟友で同作にも出演している六平(むさか)直政が「りえママ」と称された母・光子さんと親友だった縁で、娘としてプライベートでも長年接してきたという。その歴史と親近感を踏まえた愛称であり、年齢を超えた同じ演劇人としての関係を築いている。

宮沢の演出家的な視点は後輩女優も救った。宝塚歌劇団出身で、宮沢の敵役を演じる愛希(まなき)れいかだ。金は「初めてのアングラ演劇で、戸惑っていた愛希さんに方向性を示したのは、りえちゃんでした。一言のアドバイスが大きかったですね。愛希さんは変わり、りえちゃんに対抗できる存在になれた。確かに演出家的なものがあった」と明かす。

金は「泥人魚」公演と並行し、主宰する劇団「新宿梁山泊」の李麗仙追悼特別公演として唐作品「少女仮面」を24~27日に都内の「芝居砦・満天星」で行ない、今年6月に亡くなった「アングラの女王」にささげる。今後も多様なジャンルの作品を幅広く演じていく中、一つの選択肢として、金は宮沢が唐作品のヒロイン後継者になることを願う。

「りえちゃんとも、これから先、いろんな唐十郎ワールドをやっていきたい。彼女には『1回、テント(公演)に出たらどうかな』という話をしているんですよ。僕から彼女に提案した唐作品が5本くらいあり、まずは『泥人魚』が実現した。後は、宮沢りえの『吸血姫』とか『秘密の花園』『ふたりの女』などがイメージとしてある。唐作品のヒロインとして、りえちゃんは緑魔子的な存在が合うのかと思っていましたが、李麗仙の『下谷万年町物語』を見事にやり遂げた。パワフルさも備わり、これからは両方のタイプにチャレンジできるんじゃないか」

今回の舞台では、宮沢がスカートをたくし上げ、立ったまま太ももに貼り付いた魚の鱗を思わせる桜貝に水を掛けるシーンも印象的だ。ピュアな瞳を持つ純粋さと大胆さが共存していた。

金は「りえちゃんは役者として自分がどうあるべきかの自己演出ができ、膨大なセリフをやり通すエネルギーもある。心身ともに一番いい状態で波に乗っている。毎日、楽屋で話し合いながら日々進化しています。年輪を重ねるごとに輝きを増し、この世の者とは思えないくらいの美しさがある。それを見るだけでも幸せになります。難解で筋を追っても簡単にはほどけないのも唐十郎の世界ですが、舞台上できらりと光る瞬間を見て、お客さんは自由に想像を膨らませて何かを感じていただければ」と思いを込めた。

公演は29日まで(27日休演)。当日券も発売予定。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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