LOFT/PLUS ONEというのが露骨な意味深ですよね(笑)
――『逆転世界ノ電池少女』はオリジナル作品となりますが、いつ頃から企画を進められていたのでしょうか。
安藤(正臣):
2014年にLercheの比嘉(勇二)さんから、「オリジナルをやらないか。」とお誘いいただいたことが切っ掛けなので7年になりますね。なので、第1話冒頭『これは「令和」と言う時代が訪れなかった「日本」の話』という部分があるんですけど、企画初期では元号が変わることを前提にしていなかったです。
――そんなに前から温めていた企画だったんですね。
安藤:
発想の切っ掛けを辿ると2011年の東日本大震災になります。あの時に日本全体で大きな転換期があったように思います。今はコロナが来ていることでまた大きな転換が訪れているので、何かしらの時代の流れを感じています。
――企画初期のころから “規制が強くなる世界”という設定は決まっていたのでしょうか。
安藤:
初期にはなかった要素です。自分語りになりますが、私は学校を卒業してからアニメの仕事しかしていないんです。今回、オリジナル作品を制作させていただけるという事で改めてこれまでの自分を振り返っていく中で、アニメというかエンターテインメントそのものの社会的意義・存在意義を自分の中で問い始めたんです。そういったことを考えていくなかで、「もし、エンタメが規制されたとしたらどうなんだろう。エンタメの存在意義は社会の中で薄いだろうか。」という気持ちが出てきたんです。
――生活の中での優先順位はどうしても低いところはありますから。エンタメ関連の仕事をしていると、そういう気持ちを持ってしまうのもわかります。
安藤:
そうですよね。大震災の時にも同じことを感じていたんです。いまやっている仕事は本当に放送されるのだろうかと思いながらやっていましたし、この仕事は必要とされているのだろうかという自問自答もありました。そういった気持ちを打ち破るために、自分たちが楽しかった思い出を盛り込んでやろうと、かつて見ていたアニメの面白い要素を全部盛り込もうぜと本作を作っています。
――キャラクターを観ていてLOFT系列のイベントのスケジュールをギュッと凝縮して絞ったらあんな感じになるという気持ちで観ています。
安藤:
第1話で久導細道が働いているホストクラブがLOFT/PLUS ONEというのが露骨な意味深ですよね(笑)。私も業界に入る前からお客さんとして行っていました。そこで、業界の人たちが何を考えて作品を作ってきたのかを見てきて、それが制作の原点にもなっています。まさか、自分の監督作品で使わせてもらえるとは思っても見ませんでした。
――うちはフリー素材みたいなものなので、お声掛けいただき嬉しかったです。リリー・フランキーさんのステージ壁紙や楽屋など、そのまんま映っているので驚きました。あんなにガッツリだとは思っていなかったので、本当にありがたかったです。
安藤:
第1話を観た方の中でLOFT/PLUS ONEの控室を知っている人が居て、この人は誰なんだろうとも思いました。そうやって、リアクションをしてもらえるのは嬉しいですね。LOFT/PLUS ONEを舞台にしたのは、この作品を観て聖地巡礼もしてもらえるといいなという思いもあります。
――そのお心遣い本当にありがたいです。そうなってもらえると嬉しいですね。
安藤:
LOFTのイベントはお酒を飲みつつなので、本来のテーマから外れていってしまう事も多いじゃないですか。そういった意識せずに滲み出てしまう業や考え・思想、そこに意味があると思うんです。
――そうですね。イベントテーマから見ると支流ですが、根元の繋がっている部分は同じで、集めていくと真実になるという事もよくあることです。本作でもスタッフのみなさんとの雑談の中から、作品のアイデアに繋がっていたというような事はあるのでしょうか。
安藤:
どうなんでしょう。好きなことはもちろん話していてその要素を盛り込んではいますけど、そこまで深い形で盛り込めているかは自分では分らないですね。
年齢的にも自分を総括してみるという時期というのもあるんだと思います
――そこは観てもらって、どう感じていただくかということですね。本作は、シリーズ構成として上江洲(誠)さんも参加されていますよね。
安藤:
アニメーションは、漫画や小説のような作家個人で全てを担うというのはどうしても無理なんです。私自身サブカル全てに精通しているわけではないですし、この作品もスタッフみんなに意見を出してもらってそれを集約して出来上がっています。それであれば脚本のスペシャリストとして上江洲さんに入っていただいた方がいいと思ったんです。それに監督本人が全部仕切ってやる事が、必ずしも面白い作品に繋がるわけではないですから。
――暴走しそうになった時に、ブレーキを掛けてもらった方がいいこともありますからね。
安藤:
私自身がそうやって集団作業の中で作品を作ってきたので、その方がいいなと思ったんです。みんなで意見を言い合って制作しているので、時にはぶつかることもありますが。
――喧嘩に発展してしまうようなことも。
安藤:
喧嘩とまではいわないですけど、険悪な空気にあることも無きにしも非ずです。別に仲たがいしたとかではなく、制作していく中で熱くなってという事なのでそこは安心してください。
――それだけ、みんなが真剣に作品に向き合っているという事なんですね。今作はオリジナル作品ですが、スタッフは安藤監督が集められたのでしょうか。
安藤:
比嘉さんがオリジナルをやりたいとスタッフを集めた中に私が居たので、どちらかというと私もお声掛けしてもらった1人ですね。オリジナルをやりたいという思いはもちろん持っていたので、引き受けさせていただきました。
――安藤監督と比嘉さんがオリジナルをやりたいと考えていたタイミングが一致して動き出したという事なんですね。
安藤:
30代になり、そういう気持ちが芽生えてきたタイミングでした。30代半ばでオリジナル作品を監督される方は多いんです。富野(由悠季)さんや庵野(秀明)さんがそうであるように、年齢的にも自分を総括してみるという時期というのもあるんだと思います。
――20代にガムシャラでやってきたなか、30代で少し落ち着いて考えるタイミングでもありますね。どうでしょう、安藤監督は『逆転世界ノ電池少女』を制作することで自身を総括できていますか。
安藤:
自分ではわからないですね。作品を作ることでいっぱいいっぱいなので、総括というところまで意識は行っていないです。
――そうですよね。
安藤:
オリジナル作品という事で自身をさらけ出しているのは本当なので、結果として総括になっている部分はあると思います。
――それだけ自身を盛り込んでいる作品なのである面では業の深い作品になりますが、富野監督作品が好きな安藤監督のオリジナルにしてはキャラクター含めてビジュアルや音楽はポップな形ですね。
安藤:
やはりエンタメなので、見ていただきやすいという点を意識した部分はあります。スーパーアニメーターである渡辺(明夫)さんに、分かり易いキャラクターにしてほしいとお願いし原案デザインをしていただきました。変化球すぎると誰にも伝わらなくなるので、基本はストレートばかりになるようにしています。
――大事な考え方だと思います。作中のキャラクターは各業界のオタクを集めていますが、スタッフ皆さんと各文化圏のお話をされたのでしょうか。
安藤:
私では分からない文化もありますから、そこに精通している方に助けてもらっています。例えば、黒木ミサの“ワードニャ”という肩書はゲームの『ウィザードリィ』の“ワードナ”からとった名前で、これは上江洲さんからのアイデアです。
――こういう表現はあれですけど闇鍋感もある作品ですね。
安藤:
まさにその通りです(笑)。
――だからこそLOFT/PLUS ONEが出ているという事に意味があったんですね。初のオリジナル作品ですが、オリジナルだからこその難しさはありますか。
安藤:
原作があれば、何かあった際に戻ることも出来ます。今回映像に関しては全て私の頭の中にしかないので、そこを伝えなければいけない難しさはあります。自分の中にしかないので、外に頼れるもの・戻れるものがないんです。例えば、TVアニメのお約束でもあるアイキャッチやOP・ED、私はそれが苦手なので原作のアニメ化ではとにかく原作を読み込むんです。そこから要素を拾い上げて反映するんですが、オリジナルだとそういうことが出来ないのでそれが辛いです。
――全て自分で決めなければいけないということは怖くありませんか。
安藤:
不安がないかというと嘘になりますが、その気持ちに押しつぶされないようにはしています。みなさんのリアクションを聞いたり・見れたりするとその不安は解消されますね。作品を観た感想をいただけるのがとにかくありがたいです。SNSでもどんどん感想を書いて欲しいです。
――現場ではどのようにして、作品の世界観を共有されているのでしょうか。
安藤:
こういった趣味に走った内容なので同じ文化圏が好きでも、世代によって言語が違う事もあって若いスタッフに伝わらないことがあるんです。
――それはありますね。私も若いスタッフと話していて感じる事があります。
安藤:
なので、総作画監督の黒澤(桂子)さんに各話1P漫画を描いてもらい作品イメージを共有しています。元のネームを私が描いて、それを漫画にしてもらう形です。そうすることで、細部すべてではないにしても作品の世界観はつかんでもらえるので、あとは要所で説明をしていく形で進めています。
――本当に安藤監督のすべてを注ぎ込んでいる作品なんですね。
安藤:
そうですね。たまに暴走しそうになった時に、比嘉さんが止めに来てもらっています(笑)。
――何かあった時のブレーキ役もいると(笑)。
安藤:
実は、作中に自分たちをコッソリ出そうとしたんですけど、そこは比嘉さんのチェックが入りました。
――アルフレッド・ヒッチコック監督やアニメではワタナベシンイチ監督など自身の作品にカメオ出演というのは良くある話で、そこを見つけるのも作品をみる楽しみ方の1つですけどね。
安藤:
そうですよね。まぁ、本編でどうなっているかは実際に観て確認していただいてということで。
――わかりました、探してみます。こうやって、色んな文化を出して、ロボットも出してだと、デザインも含めて作画のカロリーも凄そうですけど。
安藤:
そこは、スタッフみんなが本当に頑張ってくれています。ロボットはCGになりますが、担当していただいた方が立体造形もされている方なので、奥行きを感じる素晴らしいもの作っていただけました。
オリジナルだからこその役得を感じています
――制作での苦労話をお伺いしてきましたが、オリジナルだからこそできた面白さ・良さはありましたか。
安藤:
それはLOFT/PLUS ONEを出せたことです。
――ありがとうございます。
安藤:
あとは、自分の考えや思いをストレートに出せることですね。そこに怖さがないわけではないですが、オリジナルだからこそ出来る部分でもあり、やりがいも感じています。作品のなかのあらゆる疑問の最終的な答えを自分で作らなければいけない点は、難しさと面白さを兼ね備えた部分になります。
――色んな文化が入る作品という事もあり、音楽も大事な要素なのではと思います。音に関しても安藤監督の中にしかないものですが、音楽制作はどういった形で進めていったのでしょうか。
安藤:
音楽に関しては私の好きなものを詰め込ませていただきました。私が “YMO”が好きなこともあってテクノを取り入れた楽曲で、秋葉原が舞台という事もあってチップチューンを意識した楽曲を作っていただいています。OPはロボットアニメらしい楽曲にしていただけましたし、EDはアイドルソングになっています。自分の理想を形にしていただけて、オリジナルだからこその役得を感じています。
――キャストのみなさんにはどういう形で世界観を伝えているのでしょうか。
安藤:
スタッフ間での共有で話したことと重複しますが、世代が違うと同じ文化でもメインで触れた作品が違って言語が変わってくるので、現場で身振り手振りを交えて伝えています。
――熱のこもったディレクションがあったということですね。
安藤:
そこはスタッフとのやり取りの際に分かっていたことなので、特に大変だったという事はなかったですね。
――キャストを選ぶ際にキャラクターの属性に合わせて、キャラクターとキャストが同じ趣味を持つ方を選ばれたりしたのでしょうか。
安藤:
最初は皆さんの属性・趣味を元にして選ぶ事も考えましたが、そうすると演技していただく方の声質・演技とキャラクターが離れてしまうので、声・演技のイメージとキャラクターに合う方という事で選ばせていただきました。
――そうですね。趣味が合うから、キャラクターと声・演技が合うわけではないですからね。
安藤:
ただ、杉田(智和)さんだけはキャラクターのオタク要素との親和性もあって選ばせていただいてます。
――この作品をやっていく中で、面白いなと思った文化はありましたか。
安藤:
アイドルです。『逆転世界ノ電池少女』に入る前は全然詳しくなかったですけど、今はハマっています。
――安藤監督が感じる、サブカルとは何ですか。
安藤:
表現として正しいか分からないですけど、軽薄な宗教ですね。
――いい表現ですね。何となくわかる気がします。
安藤:
ハマると宗教という言い回しが良くないような気がしますが、好きになったら押していいし飽きたら次に移ってもいいんです。
――エンタメはそれぐらいでとらえてくれればいいんです。好きな間はいくらでも押していいし、飽きたら無理しなくてもいいですから。
安藤:
複数掛け持ちしてもいいわけですから、八百万です。そこが実はこの作品が問うている、根っこの1つになっている部分でもあります。
――期せずして作品の深い部分にふれてしまったということなんですね、詳しいことは放送を観ることで楽しみにしています。
安藤:
ぜひ!
――企画スタートから7年走り続けてきたという事ですが、その7年は長かったですか・短かったですか。
安藤:
長かったです。オリジナルなので時間はかかるだろうと思っていましたが、ココまでとは想像していなかったです。上江洲さんとご一緒した『クズの本懐』より前から動いていた企画ですから、あとから始まった作品が先に放送されていることになりますね。それでも、こうやって作品として世に出せることになってよかったと感じています。
――そういった不安もあったんですね。放送もこれから続いていく形ですけど、いまの心境は如何ですか。
安藤:
放送前に、第1話の先行配信をした際の感想は良かったので、ひとまずホッとしています。とはいえ、TV放送は続いていくので、これからどうなるかの不安は大きいです。今年は劇場作品も含めてロボットアニメが多いんですよね。
――みんなやりたかった・観たかったという事ですよね。ゲームになりますが『ロボット大戦』も30周年を迎えますし。
安藤:
この作品もロボットが出ているので、参戦したいですね。そちらからのお誘いもお待ちしています。
――ぜひ、出してもらいましょう。この作品に込められている安藤監督の業を種火にして大きな炎としてみんなで盛り上がってもらって。
安藤:
みなさんにその夢を叶えるために後押しをしていただきたいです。とはいえ今は、まずは形になってみなさんに届けられることがまずは嬉しいです。オリジナルを作れたという事でこれを最後の作品にしてもいいくらいです。
――それはやめてください。
安藤:
分かりました(笑)。一度、完全燃焼することでさらに一歩前進することが出来ると思っています。まずは全力を傾けた『逆転世界ノ電池少女』制作に邁進していくので、楽しんでいただければありがたいです。
©伽藍堂/「逆転世界ノ電池少女」製作委員会