ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビィ」の魅力、徹底解説!

世の中に数多あるスタンダード・ナンバーから25曲を選りすぐって、その曲の魅力をジャズ評論家の藤本史昭が解説する連載企画(隔週更新)。曲が生まれた背景や、どのように広まっていったかなど、分かりやすくひも解きます。各曲の極めつけの名演もご紹介。これを読めば、お気に入りのスタンダードがきっと見つかるはずです。

文:藤本史昭

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【第23回】
ワルツ・フォー・デビィ
Waltz For Debby
作曲:ビル・エヴァンス
作詞:ジーン・リース
1954年

スタンダード・ナンバーには、大きく分けると2つの種類があります。1つはジョージ・ガーシュウィンやアーヴィング・バーリンといった20世紀前半に活躍した作曲家たちが、主にミュージカルや映画のために書いた曲。それらは基本的には歌われるため、あるいは劇を彩るために書かれた音楽なので、それほど複雑な作りにはなっていません。

対するのが、ジャズマンが作り、それがスタンダード化した曲。その多くは自分が演奏するために作曲されたもので、だから大抵そこにはそのジャズマンならではの個性や工夫がふんだんに盛り込まれています。そのため難易度が高かったり、作曲者による演奏が決定版であることが多いのですが、真に魅力的な曲は、それでもなお多くのミュージシャンに演奏したいという欲求を引き起こすようです。たとえば、ピアニストのビル・エヴァンスが書いた〈ワルツ・フォー・デビィ〉。

〈ワルツ・フォー・デビィ〉は1954年、エヴァンスが25歳に時に作った曲で、デビィというのは2歳年上の兄、ハリーの長女のことです。エヴァンスはこの姪っ子をことのほか可愛がり、暇を見つけては会いに行っていたとか。そんなデビィを思って作った曲を彼が愛したのは当然のこと。エヴァンスは初リーダー作『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』に収録して以降、この曲を終生レパートリーとして愛奏し続けました。

一聴、そのメロディーはとてもシンプルでキャッチー。1度耳にすれば覚えてしまうような親しみ易さを持っています。しかし、それを支える和声を分析してみると、これがとんでもなく精緻。その玄妙なヴォイシングと大胆なリハーモナイズ、絶妙な転調は、さながらクラシックの印象派曲のようで、たった1音の変更を加えることさえ躊躇されてしまうほどの完成度を有しています。ジャズには稀に、テーマを聴くだけで満足してしまう曲がありますが、これもその1つといえるでしょう。

またこの曲にはのちに、エヴァンスの信頼篤かった作詞家のジーン・リースによって歌詞がつけられますが、これがまた素晴らしい内容。少女の成長に感じる一抹の淋しさを歌ったその詞は、ビル叔父さんの心情を見事に代弁しています。小さいお子さんがいらっしゃる方は泣いてしまわないよう、ゆめゆめご用心を。

●この名演をチェック!

ビル・エヴァンス
アルバム『ワルツ・フォー・デビィ』(Riverside)収録

ジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」での黄金トリオによる歴史的名演。リリカルなワルツのテーマ・パートとスウィンギーなアドリブ部分(とりわけスコット・ラファロの攻めたベース!)のコントラストが実に鮮やかです。

トニー・ベネット&ビル・エヴァンス
アルバム『トニー・ベネット&ビル・エヴァンス』(Fantasy)収録

今やレジェンダリーなシンガーとなったトニー・ベネットとエヴァンスのデュオ・パフォーマンス。豊かさと繊細さを併せ持ったベネットの歌と、そこに寄り添うエヴァンスのピアノが、この曲のエッセンスを表現し尽くしています。

<動画:Waltz For Debby from 'The Tony Bennett/Bill Evans Album'

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