第100回全国高校サッカー開幕 長総大付・小嶺監督 “名将”41度目の冬舞台に挑む

76歳になった現在もサッカーと教育に情熱を注ぎ続ける長崎総合科学大付の小嶺監督(中央)=長崎市、県スポ協人工芝グラウンド

 28日に開幕する全国高校サッカー選手権は、第100回の節目を迎える。長崎県代表の長崎総合科学大付を率いるのは、かつて国見で6度の全国制覇を成し遂げた小嶺忠敏監督(76)。高校サッカー界きっての名将が、自身41度目となる冬の舞台に立つ。
 指導歴54年目。これまで島原商を12回、国見を21回、長総大付を8回、全国選手権に導いてきた。76歳。若いころの豪快さは影を潜め、グラウンドの隅々まで届くような大声もない。それでも、今年もしっかりチームをつくり、県予選を盤石の強さで勝ち抜いた。
 「みんなから『もうやめろよ。長老になっとるやないか』と言われる。本心はあすにでもやめたい。だけど、私を信頼してはるばる来てくれた子どもを放ってやめるわけにはいかない」。サッカーと教育に、人生のすべてをささげてきた。
 原動力は自らの出生にある。終戦の年の6月、南島原市有家町池田(旧堂崎町)の小さな集落に、7人兄姉の末っ子として生まれた。父、忠則さんが沖縄で戦死したのは、生まれる約3カ月前。母、ミツキさんは女手一つで農家を切り盛りしながら、子どもたちを育ててくれた。
 「父は37歳で亡くなって、私は倍以上も生かしてもらっている。だから、一生懸命やらないといけない。体を張って、生涯を閉じるまでやる。うちの監督は死ぬまで全力を尽くしてくれたよなと。そういう教育者でありたい」
 選手権には第45回大会(1970年度)、教員3年目で初出場したが、あえなく初戦敗退。その後は自らマイクロバスのハンドルを握り、日本全国の強豪校に手合わせを申し込むようになった。夜は「サッカー王国・静岡の生みの親」と称されている堀田哲爾氏、名門・帝京(東京)の古沼貞雄監督らの下へ押し掛けて、酒を酌み交わしながら「勝つための極意」を学んだ。
 第66回大会(87年度)、国見を率いて初優勝。以降、優勝旗を6度掲げ、開幕試合を除けば4強以上しか立てない国立競技場のピッチで、21回も戦った。それでも「聖地」は変わらず特別な存在だと言い切る。
 「子どもたちの夢であり、国民の夢。とにかく夢の夢の夢。立つだけで鳥肌が立つような場所だよ。4000チームの頂点だけが立てる場所だからね」
 現在率いている長総大付の最高成績は、第96回大会(2017年度)の8強。「夢」の国立行きを果たすためには、チームの歴史を塗り替える必要がある。厳しい戦いとなるのは否めないが、酸いも甘いも知り尽くした勝負師は言う。
 「強いチームが勝つようであれば、関東まで行って試合をする必要はない。特にサッカーはどのチームが勝つか負けるか分からない。勝負は時の運。だから面白い」
 記念大会で名将はどんなドラマを用意しているのだろうか。長総大付の初戦は29日午後0時5分キックオフ。


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