去年今年

 「去年今年(こぞことし)」という新年の季語がある。俳人の長谷川櫂(かい)さんの説明によれば〈年が改まると今までの年がたちまち去年となって遠ざかり、来年が今年となって目の前が開ける。時間の迅速なめぐりをいう〉▲今日から明日へ。いつものように時間はつながっているのに、これまでの年はにわかに遠景へ去り、来年と呼んでいた未来が「今」になる。目に見えない境界線の上で、皆さま、思いを新たにしておられるだろう▲この季語は高浜虚子の句によって世に広まったとされる。〈去年今年貫く棒の如(ごと)きもの〉。去年とか今年とかいう区切りを突き抜ける一本の棒のように、私の信念はまっすぐで変わらない、と▲このとき虚子は76歳で、終戦から5年後という激動の時代の作らしい。それを知って、すごみのある句にひるみながら、背筋を伸ばす。細くて、もろくて、信念とまではいえなくても、去年と今年をつなぐ〈棒の如きもの〉を心のどこかに置いておきたい、と▲それはきっと、小さな心掛けや心配り、控えめな目標や誓いでよいのだろう。3年目に入ったコロナ禍はまだ終わりが見えないが、目線は前に向けていたい▲〈手のつかぬ月日ゆたかや初暦〉吉屋信子。真っさらで手のついていない、豊かな一日一日が、飾られたばかりの暦の中で出番を待っている。(徹)

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