『トムス86C』世界を驚愕させた“幻”のポールポジション【忘れがたき銘車たち】

 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは『トムス86C』です。

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 今から36年前の1986年。当時、グループCカーによって争われていたスポーツプロトタイプカーレースにおいて、日本車はポルシェ956/962Cをはじめとする外国勢に大きく水を開けられている状態だった。

 現代のトヨタGR010ハイブリッドのように世界選手権でのタイトル獲得、ル・マン24時間レース優勝など、夢のまた夢の時代だったのだ。

 そんな時代の1986年に世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)の日本ラウンド『WEC IN JAPAN』が富士スピードウェイで開催された。この大会で、1台の国産Cカーが世界を驚かせる快走を見せた。それが今回紹介する、トムス86Cだ。

 86Cが誕生する2年前の1984年、グループC活動に本腰を入れ始めていたトヨタは、本格的にエンジンの供給を開始した。これを受けて童夢がポルシェ956の写真を参考に基本設計を進め、童夢とトムスの共同プロジェクトとしてニューカー、童夢/トムス84Cを開発した。86Cは、そんな84Cから基本パッケージを引き継ぎ、1986年にデビューしたマシンである。

 86Cは前述の通り、84Cからの発展型と呼べるマシンだったが、503Eという開発名のついた新エンジン、3S-G改を搭載することを考慮したフレーム補強に加え、ボディ形状などに改良を受けていた。

 この搭載される3S-G改は、もともと世界ラリー選手権(WRC)のグループB用とともに開発が進められていたエンジンで、3S-Gと名乗るものの量産ベースとは異なるプロトタイプとして一から設計されたものだった。

 その後、WRCのグループBがグループSへ移行して継続する構想もあったものの、紆余曲折ののちに消滅。これを受けて、この3S-G改の開発はグループC向けへと一本化され、Cカー用エンジンとしてさらなる開発が進められていった。

 こうして、3S-G改搭載予定車として誕生した86Cだったが、当初は旧モデルである4T-GT改を積んで国内選手権にデビューした。

 86Cはトムスが2台、童夢、イクザワが1台ずつと計4台が導入された。結局、3S-G改の実戦投入は1986年のル・マン24時間レース後の国内選手権となった。それも全車ではなく、まずトムスのマシンに搭載されての初レースだった。

 そしてその後、3S-G改は他チームにも供給されるようになる。その全チーム供給の初陣が86Cが快走を見せることになるWEC IN JAPANだったのだ(トムスの1台は4T-GT改搭載)。

 このレースでトムスは、通常の国内選手権で走らせている2台に加えて、ホイールベースを100mm延長したTカーを用意。このホイールベース延長は、3S-G改用のさらなるモディファイでもあった。そしてこのTカーがサーキットを沸かせることになる。

 86CのTカーは予選1回目より快走し、中嶋悟とジェフ・リースのドライブで4番手タイムをマーク。そして予選2回目になると、まずリースがその時唯一1分16秒台の壁を破る1分15秒799を叩き出す。

 このタイムも素晴らしいものだったが、リースに替わってステアリングを握った中嶋が1分14秒875という驚異のタイムを記録。チームが許可した最大ブースト圧まで使わずに、まだ余力を残した状態でのアタックだったが、そのタイムは2位のポルシェを2秒近く引き離すものであった。

 これでWEC IN JAPAN開催5年目にして、ついに日本車がポールポジションかと思われたが……FISAの審査委員会の裁定によって、このTカーで記録したタイムは認められなかった。

 トムスとしては、主催者側に確認をした上でのTカーによるアタックだったが、審査委員会との解釈の違いもあり、抗議も虚しく裁定は覆ることはなかった。結局、ポールポジションは、“幻”となってしまった。

 ポールポジション獲得とは結果的にならなかったが、それまで外国車勢に負け続けていた国産Cカーがドライの一発の速さでは世界を脅かすことができる。それを証明した瞬間でもあった。

1986年のWEC IN JAPANを戦った35号車のトムス86C。鈴木利男、小河等、星野薫がドライブ。35号車は4T-GT改を搭載していた。
1986年のWEC IN JAPANに出走したチーム・イクザワ、37号車のトムス86C。ケネス・アチソン、マイケル・ローがステアリングを握った。
基本は同一車であるものの、童夢86Cと名乗る童夢が走らせた86C。独立式のリヤウイングを採用するなど、若干の相違点も見られた。1986年WEC IN JAPANでは、エイエ・エルグ、ベッベ・ガビアーニがドライブした。

  

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