おとぼけビ~バ~ - アルバム完成直前だからこそ言えた、創作への苦悩とバンドへの信頼

Introduction

「安全なぼくらは旅に出ようぜ/思いっきり泣いたり笑ったりしようぜ」──2021年8月末、開催にも賛否両論あったフジロックの配信を自宅のテレビで観ていると、くるりの名曲「ばらの花」が聴こえてきた。歌詞が書かれたときにはそんな意図はなかったはずではあるが──2021年夏、僕らは安心に旅に出ることも、思いっきり泣いたり笑ったりすることも、すっかり難しい状況になっていた。そう考えると、少しばかり感傷的になったのも事実である(と同時に、錆びれない、揺るぎない詞というのは、あらゆる状況の変化を、言葉の意味すら変えながら的確に描写できることの証明ともなっていた)。

一方で、ライブという武器を奪われた現状というのは、ミュージシャンにとってどれほど苦しいものであるかを、現場ではなく配信という形で、改めて考えさせられる時間でもあった。

2020年初頭から『YAMETATTA TOUR 2020』と題し、北米~ヨーロッパをフェスも交えて巡る予定であったおとぼけビ~バ~(以下、おとビ~)にも、ご多分に漏れずコロナ禍が直撃した。

京都を拠点にしつつ、国内を含めた世界をその活動範囲として捉えている彼女たちからすれば、国内から動けないことはもちろん、ライブ活動まで取り上げられてしまうことはまさに死活問題であった。そんな中でも配信やグッズ販売をはじめ、DIYかつ多彩なアイディアで2020年をサバイブし、そろそろ──と思い始めた2021年も、事態は好転しなかった。渋谷クアトロで行なうはずだった日本最大級のワンマンライブは延期となり(2022年の1月を予定)、ベース・ひろちゃんのコロナ罹患に伴うライブ延期など、状況は悪化する一方。バンドとしての創作活動が停滞するのも、無理はないことだった。

ニュー・アルバムは絶対聴いてほしい。がゆえに、ちょっと考えすぎている

「とても良いバンドなんですよ。とても良いバンドなんで、はよ(上に)行きたいし、絶対このアルバムは聴いてほしい。がゆえに、ちょっと考えすぎている感じです。気合い入れすぎて」

おとビ~の“監督”であり、バンドの中心的な存在であるあっこりんりんにとっても、コロナ禍による活動制限は心身共にダメージを与え、難しい日々を余儀なくされた。だが、その中でもコツコツと進められていたニュー・アルバムの制作が、様々な崩壊をつなぎとめる大きな支柱になっていたと言えるのではないだろうか。『YAMETATTA TOUR』の前から制作がスタートしていたこのアルバムは、今年の夏(※2021年の夏)、最後の詰めの段階まで来ている。

全18曲、総収録時間22分。「アイドンビリーブマイ母性」、「ジジイ is waiting for my reaction」など、楽曲タイトル以外、すべてが速く、短くなっている近年のおとビ~のモードがダイレクトに反映されたかのような、速射砲の如き感情の“ざわめき”たち。ストップ&ゴーの多用、変則的なリズムチェンジ、あらぬ方向からにょきっと顔を出すポップなメロディなど、一見バラバラに見える要素が、4人の阿吽の呼吸によって生み出されるラウドな音塊の中で光を纏い、駆け抜ける。稀有なスタイルに辿り着いたそのサウンドの中心には、作詞・作曲を務めるあっこりんりんの存在があるわけだが、まずは彼女にアルバムの制作を振り返ってもらった。

「1月に京都と大阪で新春企画をやって、3月に渋谷のWWWでzoomgals、Have a Nice Day!とイベントに出演したあと(『十代暴動ナイト』)、コロナがひどくなりそうだったんで、活動のメインをレコーディングに切り替えたんです。実は2020年の海外ツアーの前に少しだけ録音していていたんですけど、コロナのときに練習ばかりしていたメンバーの演奏力が爆上がりしたので(笑)、全部録り直すことになって。オケは細かいところを直したくらいでサクッと録り終わりましたが、なかなか私の歌が……歌詞も全部、できているんですけどね。ライブと同じように歌ってもなんかしっくりけぇへんくて」

短いから適当だと思われるのは嫌。全部シングルにできるのが目標なんで

ライブバンドとして知られるおとビ~ではあるが、音源に関しても尋常ならざる思いをもって制作に取り組んでいる。たとえばおとビ~の名刺代わりの作品『ITEKOMA HITS!』(2019)は、「ライブ以外で聴くおとビ~」として、アレンジ、ミックスも含めて本人たちも納得の完成度であったというが、さらなる進化を目指すのは当然である。そもそも、あっこりんりんは“ライブと音源は別”という確固たる信念を持っている。自宅のスピーカーや通勤途中のイヤホンで、歌詞を感じ取りながら聴く音楽としてのこだわりが、ライブとは異なるハードルを自らのボーカルやコーラスワークに課すことになる。

「かわいい声やシャウトを使い分けるのが私のこだわりなんですけど、以前よりも曲が難しくなっているし、滑舌も含め、単純に私のボーカルが演奏に追いついていないところがあるんですよね。レコーディングしたら、全然きちんと歌えていない曲もあった(笑)。そういう“楽器”として自分の声をどう使おうかとあれこれ悩んでいるうちに、時間が経ってしまったところはあります。自分で(音源を)聴いていても、“これちゃうな”、となるんです。ライブでは完璧でも、勢いや熱量だけではダメ。そのジャッジを下せるのは私だけなので……アルバムには、“こういうことしてたんや”とか、“こういうこと歌っていたんや”とか、歌詞も含めて別の納得のさせ方があると思うし、短いから適当だと思われるのは嫌。全部シングルにできるのが目標なんで」

ボーカル録りが難航したこともあり、2月からスタートしたレコーディングも、終了予定からは3カ月以上、後ろ倒しになってしまう。最後の最後、これで完成、というクオリティに達するまでのほんの少しの上澄みが、あっこりんりんにとって非常の大きな壁となった。そこには、海外ツアーも経てたくましくなったパフォーマンスに合わせ、音源にも同じような成長を追い求める音楽家としての苦悩があると言える。

「細かい調整だけで3~4カ月かかっていますね。私がちゃんと仕上げないといけないんで。ずっとレコーディングしていたわけじゃなくて、家でウンウンうなってただけなんですけど(苦笑)。一旦歌を録り終わって、そこから(ギターの)よしえちゃんを呼び出してコーラスを録り直したり、曲によって、アレンジもちょっといじったり。結果的に変えたことで良くなったんでホッとしました。曲順も含めて、なんとかこれ以上やっても一緒、というところまでは来ましたけどね」

この状況で、ずっと同じメンバーでバンドをやれてるなんて、奇跡やから

オンライン配信も含めたライブでは、既存曲や今回のアルバムに収録される新曲を中心に、約1時間で30曲前後を演奏する怒涛のパフォーマンスを見せている。予定調和を持たない楽曲をテクニカルに聴かせるのではなく、“初期衝動”に溢れたハードコア/パンクのイズムで表現するそのスタンスは、誰が見ても面食らうものとなっている。そうしたライブの充実とは裏腹に、通常であればニュー・アルバムの制作と並行して行なう予定であった新曲作りに関しては、あまり進んでいないのが現状だ。

「2020年は3曲しか書けてなくて、2021年はまだ1曲。アルバムの制作が優先なんで、“焦らなくても良いよ”とはメンバーからは言われてますけど、自分に対しては“何もやってへんな”、みたいな気持ちはすごくありますよ。……というか、メンバーの中でこれだけメソメソしているのは私だけなんですよね。みんなは練習もしてるし、それぞれができることをしていて、ポジティブな感じはしっかりとあって。──この前、ビリー・アイリッシュのドキュメンタリー『世界は少しぼやけている』と、デビッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』を見たんですよ。そこで感じたのは“自分も早くそっちに行きたい!”ってことでした。そのためには、ついてきてくれているメンバーにはいつも刺激を与えておきたいんですよね。それが今の自分にはできていないけれど、モチベーションはそこにある。この状況で、ずっと同じメンバーでバンドをやれてるなんて、奇跡やから」

作詞・作曲を手掛けるあっこりんりんの立場と、それを見守るメンバーの立場は、ひとつのバンドの中でも当然違いがある。バンドに対する思いは同じでも、あっこりんりんの生み出す種がなければ、新たな曲として育っていくことはないのがおとび~の選び取ったスタイルだ。特にあっこりんりんは、創作者として現状に焦る視点と、俯瞰的にバンドを見る監督としての視点の両方を持つがゆえ、その揺らぎに苛まれている。

「(現状が)怖いんでしょうね。創作できていないし、逃げているなって気持ちがある。しかも、仕事辞めたからとか、恋愛してないから歌詞ができへんとはまた違う、コロナ禍のようわからん感じがあるから、曲が書けない。……でも、気づいたらライブハウスをおさえていたり、配信やろうって言ってる自分がいる(笑)。MVにもジャケットワークにもグダグダ言いながら……自分で全部やれるわけではないから、人にああだこうだ言ってやらせている部分もあるからこそ、不甲斐なさは感じています」

ライブは今、どこに出ても恥ずかしくない気持ちは強いんで

アルバムの完成を誰よりも本人が望んでいるから、そこに妥協はできない。妥協はできずに完成は遅れているものの、バンドの生命の源であるライブ活動は止めたくはない。おとび~という居場所は、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるかのような複雑かつピュアな衝動が折り重なる巣窟であり、一方で、自分たちが築き上げた代えがたい桃源郷でもある。つまり、なかなか“けったい”な存在なのだ。とは言え、そういった一筋縄ではいかない共同体だからこそ、あっこりんりんが飽きずに愛せるものなのかもしれない。

「制作が終わってないから、まだドキドキしてるんです。最悪、年明けのクアトロにはできていると思うんですけどね……(※編注:本当にもうすぐ完成の予定、だそうです)。ライブは今、どこに出ても恥ずかしくない気持ちは強いんで。去年、海外ツアーに行けていたら、それはそれでレベルが上がっていたかもしれないですけど、今とはまた違う進化の仕方だったと思います。それこそ、昔テレビで放送されたツアードキュメントを見ていたら、“下手くそやな~”って思いましたし。今、この演奏力で出演していたら爆売れしてたんとちゃうかなって(笑)。それくらいの気持ちはあるし、メンバーと一緒に、“自分らがやってることは面白い”って思い続けたい。最近はちょっと、会えない時間も多いんでその瞬間が減ってきているけど、みんなの面白さは引き出していきたいから」

秋に入り、ようやく日本国内の状況は落ち着きを見せ、来たる2022年に向けて準備を進めているおとビ~。2021年11月には久々に、ひろちゃんバースデーを含む主催ライブのほか、吉本興業からの刺客「ジュースごくごく倶楽部」とのツーマン、京都の一大フェス『ボロフェスタ』など、趣旨の異なる複数のライブに参加できる見通しだ(※編注:無事、開催された)。

そして2022年の3月~5月には、北米~ヨーロッパを巡る24本のツアー『SUPER CHAMPON 2022』の開催が発表された。この2年がもたらした混沌は、まだまだ尾を引くであろうことは間違いない。だが、あっこりんりんは、すべてを好転させるチャンスを狙っている。よよよしえ、ひろちゃん、かほキッスという鉄壁なメンバーと共に音を出すという、大きな手札が残っている限り。

「……他のメンバーがどう思っているかはわかってはないですけどね、友達でもあるけれど、何でもかんでも弱音を言う仲でもないから。“最近どう?”みたいな言葉、よう言えへん(笑)。言えたら言えたで良いんでしょうけど、言わなくても面白い曲出したらみんな面白そうに(アレンジを)考えてくれるし。ただ、信頼と甘えを取り違えないように。今日好きって言われても、明日は好きかわからんやんって私は思ってしまう人間やから。それは怖いけど、バンドはやっていきたいので」

「これ、インタビューにまとまりますかね? もうちょっとポジティブなときに話を聞いてください」と照れくさそうに、通話画面の向こう側で挨拶をしてくれたあっこりんりん。ニュー・アルバムの最後の詰めの段階というセンシティブなタイミングであったが、苦悩の先にある世界を信じ、そこに向かって歩みを止めていない姿勢が窺えた。

最高のメンバーによるライブと、最高の作品。そのふたつを手に入れた彼女が堂々と舞台に立つ日は、そう遠くないはずだ。

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