『マザーズ』は代理出産を恐怖で煮詰めた“胎内”ホラー!『ボーダー 二つの世界』アリ・アッバシ監督のデビュー作を発掘上映

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

あの怪・傑作の新鋭監督デビュー作

デンマーク/スウェーデン共作の“マタニティ”ホラー『マザーズ』(2016年)は、イラン出身のアリ・アッバシ監督の長編デビュー作。そう、超常現象スリラーかと思いきや超リアル版「ム◯ミン」の生態描写が展開して観客のド肝を抜いた傑作『ボーダー 二つの世界』(2018年)で一躍注目を集めた新鋭監督だ。

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『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

※以下『ボーダー 二つの世界』のネタバレが含まれます。未見の方はご注意ください。

資産家でありながらド田舎で電気も使わない自給自足の生活をしているルイスとカスパー夫妻に家政婦として雇われた、貧しいシングルマザーのエレナ。ハイコンシャスな生活に面食らいつつ、病後だというルイスの世話をするうちに徐々に親密になっていったエレナは、多額の報酬と引き換えに「代理母になってほしい」という夫妻の依頼を引き受けるのだが……。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

美しくも不穏な大自然が舞台になっている点など『ボーダー』と共通する要素も多々あるが、登場人物たちの“なにかある”言動を絶妙なさじ加減で散りばめていく演出には俳優の演技力が不可欠。しかも『ボーダー』と違って特殊メイクがないぶん、繊細な表情演技ひとつも見逃せない緊張感が漲っている。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

エレナが住み込むことになる夫妻の家にも怪しげな雰囲気が張り巡らされていて、ちょっとした生活音や動物の鳴き声などでホラー気分を盛り上げてくれる。とはいえ“わっ!”と脅かすようなショットは最小限で、心臓の弱い人が心配すべきポイントは別のところにあるのだが。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

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どうしても『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)を想起してしまう設定だが、悪魔の子が爆誕! みたいなお話ではない。現代人ならば数日で音を上げてしまいそうな自給自足生活が“怪しさ”の大きなヒントになっているのでは? と想像させる序盤。エレナの身体に現れた“異変”が胎内へと移ることで、それまでの違和感が払拭されてしまう中盤。そして影が薄かったカスパーを含め登場人物すべての挙動から猜疑心や恐怖心を拭うことができなくなってしまう終盤……。登場人物は最小限ながら、観客に“怪しむ対象”を定めさせない演出が巧みだ。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

思えば『ボーダー』では、トロールの“取り替え子”が重要なテーマになっていた。本作は平和的な代理出産交渉からお話が回り始め、やがて不妊女性の抗いがたい母性本能、金銭と引き換えに代理母を求める特権的行為、受精~妊娠・出産を担う母体そのものへの畏怖、そして重大なライフイベントにおける男性側の当事者意識の欠如なども突きつけてくる。ただしそれらは劇中で描かれる“事実”であり、とことん直接描写を避けた“違和感”と、完全に純粋無垢なはずの胎内に脈打つ“悪しき存在感”に、真のメッセージが込められている(と思われる)。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

デヴィッド・リンチやギャスパー・ノエを引き合いに称賛されたという短編『M for Markus』(原題:2011年)の頃より色調は冷たくなり、しかし落ち着いた引きの長回しが増え、極端な貧富の差をはじめとする社会問題など目的のいくつかは明確だ。一方で全体を覆う“曖昧さ”も徹底していて、こちら側に大きな疑問を投げかけたまま暗転する。『ボーダー』は、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)で知られるヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる原作をビジュアル面ではっきりと“決め置き”していく必要があったわけだが、オリジナル脚本の『マザーズ』から2年でアッバシ監督にどんな変化があったのか、じっくり考えながら再鑑賞するのも面白いかもしれない。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

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日本版ポスタービジュアルは「※内容とは直接関係ないイメージ画です」という注意書きが必要なレベルのシロモノだが、北欧産ホラー/スリラー好きでなくとも必見の、若き鬼才による素晴らしい長編デビュー作を堪能しよう(テーマがテーマだけに妊娠中の方は注意して観たほうがいいかもしれない)。

『マザーズ』© 2016 Profile Pictures ApS

『マザーズ』は2022年1月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、2月24日(木)よりシネ・リーブル梅田で開催「未体験ゾーンの映画たち 2022」にて上映

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