「実話」に基づく“怪物だらけ”の世界って!?『スターフィッシュ』は怒り悲しみに効果てきめん抑うつ特効薬映画

『スターフィッシュ』©2018 Starfish Productions,LLC. All Rights Reserved.

「実話に基づく物語」

――そう宣言して始まる『スターフィッシュ』は、陰々滅々とした雰囲気がべっとりとまとわりついた映画だ。主人公オーブリーは親友だったグレースの葬儀に参列。グレースとはしばらく疎遠だったため、彼女を偲ぶ人たちと別の世界にいるようだ。一人佇むオーブリーに、ある参列者がこう言った。

「ヘンだよね、みんなずっと笑顔だ。彼女にこんなバカげた状況を止めてもらわなきゃ」

ふと、手にしたグラスに目を落とすと、中に蠅が浮いている。これは現実なのだ。だれもが笑顔で悲しみを隠しているが、彼女の死は笑えることじゃない。何もかも耐えられずトイレで嘔吐するオーブリー。そそくさと教会から立ち去ろうとすると、グレースのいとこから声をかけられる。聞けばグレースは、ある音楽に夢中で「オーブリーならわかってくれる」と言っていたという。オードリーは居てもたってもいられずグレースの家に行き、鍵をこじ開けてドアをあけた。

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家の中は時が止まったかのように、二人の思い出ばかり。机に刻んだ文字、ペットの亀やクラゲ、へこんだ枕、配水管に残る彼女の紫色に染めた髪の毛……。彼女だけがここに居ない。オーブリーは彼女の痕跡と共にその場で眠ってしまった。翌朝、外は雪景色。そのうえ怪物がうろつく歪んだ世界に変貌していた。

一体何が起こったのか? 手がかりはグレースが遺したカセットテープ。そこには「怪物から世界を救うためには7つのミックステープが必要」という、彼女の声が録音されていた。7つのテープは二人の思い出の場所に隠したらしい。オーブリーは、自分が世界を救う必要があるのか? と疑問に思い、グレースの家に立てこもるのだが……。

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「私は死んだの。あなたは幸せにならなきゃ」

オープニングこそ、悲しい出来事を基にした映画であることを感じさせるものの、オーブリーがグレースの部屋で一晩明かしてからは、“実話に基づく”などとは到底考えられない非現実的な物語が展開する。沢山の牙を持つ怪物、顔が欠けた男、見上げるほど巨大な生物。突然の変貌ぶりに、この映画が「実話に基づく」ことを忘れるほどだ。しかし、この映画は間違いなく「実話に基づいている」のだ。

『スターフィッシュ』©2018 Starfish Productions,LLC. All Rights Reserved.

この映画に登場する非現実的な“もの”は、怒りや悲しみの根源――いわば人生の障害なのだ。オーブリーがグレースの願いを聞かず、外に出ないのは、痛みと向き合うことが怖いから。そのため物語は彼女が外に出るまで一切先に進まず、悲しみに浸るオーブリーが淡々と描かれる。しかし、果敢にもミックステープを探しに外に出た途端、物語は動き出す。怪物と対決しながら、改めてグレースとの思い出の場所で彼女と向き合う。

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オーブリーとグレースの中に何があったのかは直接描かれることはない。ただ「のっぴきならない事情」で二人は袂を分かったと“思わせる”だけだ。グレースの死も、病死なのか事故なのか、自殺なのかもわからない。彼女との永遠の別れを迎えた今、疎遠でいても実は心は繋がっていたことにオーブリーはやっと気づき慟哭する。

「これが現実だったらいいと思う?」
「ううん。ただ、外に出たくなかった」
「どうして?」
「だって、あなたが消えちゃう」
「私は死んだの。あなたは幸せにならなきゃ」

『スターフィッシュ』©2018 Starfish Productions,LLC. All Rights Reserved.

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怪物だらけの世界=「喪失」をアニメも用いて効果的に表現

人は生きている限り、何かを奪ったり、失ったり、裏切ったり、裏切られたり、怒ったり、怒らせたりする。これはどうしようもないことで、人は迷い、ぶつかり合う。そして悲しみや怒りという怪物に出会うのだ。これは避けて通れないことだ。時折、人はそれに我慢ができなくなる。そして、自分の殻に閉じこもろうとする。居心地のいい場所や懐かしい思い出と共に。そこから抜け出すにはどうしたらいいのか?

『スターフィッシュ』©2018 Starfish Productions,LLC. All Rights Reserved.

『スターフィッシュ』は、喪失から回復しようとする人間の話だ。怪物によって滅ぼされたポストアポカリプスの世界で「喪失」を表し、崩壊した世界を救うミックステープという飛び道具的なメタファーを用いて「喪失」から脱却する。心の痛みに向き合う様を実に面白く感動的に描いている。

怪物の造形も手を抜かず、予算的に表現できない部分はアニメーションを不自然にならないように利用。さらに、アンビエントな劇伴も荒寥とした風景もすべてがガッチリ組み合って、誰しもが「怒りや悲しみ」を「許して忘れる」ことで乗り切らなければならない、と宣言している。腕を失ったヒトデ(スターフィッシュ)が、また腕を生やすように。

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もし貴方が“何かを失ったことがある”のなら、この映画に心を揺さぶられるだろう。そしておそらく、自分の解釈を誰かに話さずにはいられなくなる。さらには人の解釈も聞きたくなる。そんな映画だ。

本作の脚本は、監督のA・T・ホワイト自身が友人の死と離婚という大きな困難に耐えかねて、山小屋に一人こもって書き上げた。ホワイト監督が自身のセラピーの為に書いた、非常にプライベートな作品であるともいえる。しかし、プライベートな出来事をここまで共感できるような映画として撮りきったのは素晴らしい。

願わくは、私はもっと若いときに本作を観たかった。もっと早く怒りや悲しみに対して、この映画のように対処できていたら、私の人生も少しは変わったかもしれない。きっと貴方もそう思うだろう。

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文:氏家譲寿(ナマニク)

『スターフィッシュ』は2022年1月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、2月24日(木)よりシネ・リーブル梅田で開催「未体験ゾーンの映画たち 2022」にて上映

2022年3月12日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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