天才的な書き手、多面的な活躍 私財投じて「女性文化賞」 高良留美子さんを悼む

By 江刺昭子

高良留美子さん

 昨年12月、88歳で亡くなった高良留美子(こうら・るみこ)はスケールの大きい表現者だった。新聞の訃報欄の肩書には、詩人、評論家、女性史研究者とあったが、作家や思想家、哲学者の顔も併せ持っていた。一言でとらえきれない天才的な書き手だった。世に出した仕事の分量も極めて多かった。(女性史研究者=江刺昭子、本文敬称略)

 最も知られているのは詩人としての業績だろう。東京芸術大と慶応大に学び、フランス留学を経て、20代で詩人として出発、詩集『場所』(1962)でH氏賞を受賞した。詩論も多い。

 文学的業績としては、アジア・アフリカ文学の翻訳・紹介もあり、文学批評、エッセーも書いている。これらは『高良留美子の思想世界 自選評論集』全6巻(御茶の水書房)や『女性・戦争・アジア―詩と会い、世界と出会う』(土曜美術社出版販売)などにまとめられている。

 多分野にまたがる彼女の仕事をトータルに捉えるのは、わたしの手にあまることなので、高良が力を注いだ分野のうち、女性問題と女性の文化創造者支援の仕事に焦点を当てて紹介したい。

 高校時代から関心があったという「女性」についての論考は、43歳の時に出版した『高群逸枝とボーヴォワール』(亜紀書房)に始まる。高群逸枝は詩人で女性史学の研究者。ボーヴォワールはフランスの哲学者で女性解放思想を説き、自らもその思想によって生きた人だ。

 高良は長い時間をかけて思索を深め、亡くなる2021年に『見出された縄文の母系制と月の文化―<縄文の鏡>が照らす未来社会の像』(言叢社)に結晶させている。

 高群逸枝の母系制の研究を軸に、民俗学、考古学、古代文学研究などの最新成果を取りこみながら展開した女性史論の結論は、日本の民法における父系・父権的な制度は廃止されるべきという主張で、高良の最後のメッセージとして受けとめたい。

母の高良とみさんが魯迅から贈られた書の東北大への寄贈式に出席した高良留美子さん=2010年6月

 あまり知られていないが、高良は1997年に個人で「女性文化賞」を創設した。賞の趣旨を次のように述べている。

 「女性の文化創造者は、いまもなお無視や偏見の見えない壁に囲まれ、経済的にも苦労しながら創作活動をつづけている。私自身、そのことを強く感じてきたため、このたび女性文化賞という賞を創設することにしました」

 文化活動における女性のフロンティアたちは有形無形の差別や偏見に苦しみ、自由な創造ができないでいる。少しでもそれを除去し、活動を後押ししたい。そんな強い思いが感じられる言葉だ。

 賞の対象を次のように明示した。

・範囲は文学を中心に文化一般とし、ジャンルは問わない。

・作品ではなく人を対象とする。個人、団体、国籍を問わない。とくにマイノリティーの方に注目している。(以下略)

 他薦を受け入れながら1人で選考し、私財を投じて賞金60万円(第9回から50万円)を贈り、2016年まで20回続けた。

 第1回の受賞者は詩人・画家・評論家の渡辺みえこ。女性と性的少数者の解放運動を行いながら創作活動を続けてきた人だ。第2回は沖縄のフリーライター、安里英子。沖縄と琉球弧の世界をこれまで表面に表れにくかった女性の目で見、女性の声で語っていると評価した。

 受賞者リストを見ると、多くは陽のあたりにくい地方で、女性文化を研究したり、表現したりしている創造者だ。

 第6回のチカップ美恵子はアイヌ文様刺しゅう家でエッセイスト。アイヌの女性に伝わる創造的魂を現代によみがえらせた。第7回の鈴木郁子は被差別部落に生まれ、差別からの解放と地域の自覚をめざして活動するフリーライター。

 第9回は日韓の歴史・文化の研究者、李修京に。生涯をかけて日韓交流に尽す覚悟をもっていると評された。第16回の一条ふみは岩手県に生まれ、農民たちの声にならない言葉を記録し続けた。『淡き綿飴のために―戦時下北方農民層の記録』、『永遠の農婦たち』を残している。

 最後の第20回はフリーライターの森川万智子。著書に元従軍慰安婦からの聞き書きと徹底した現地調査で書いた『文玉珠 ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』がある。

第20回女性文化賞の授賞式で正賞のリトグラフを森川万智子さん(左)に手渡す高良留美子さん=東京都千代田区

 国内にとどまらず、韓国や在日の書き手にも目を配り、テーマは性的少数者、被差別部落、アイヌ、沖縄、従軍慰安婦、東北の農民にまで及ぶ。大きなメディアはあまり取り上げないテーマであり、高良の関心領域の広さを示している。

 1970年代から始まった女性解放運動の内外で、女性たちは元気になったが、大学などに職を得られる女性は少ない。多くの女性が在野で苦労している。高良はそれを憂い、女性たちを励まし続けた。

 2017年1月27日、出版社「梨の木舎」の「あめにてぃカフェ」で開かれた第20回「女性文化賞」記念のつどいでは、参加者一同による高良への感謝の言葉が読みあげられた。

 「本日ここに、その志を女性の歴史に刻印すると同時に、姉妹の精神を20年にわたって発揮してくださったことに心から感謝します。ありがとうございました」

 なお、高良が賞の継承者を呼びかけたところ、女性史研究者で「らいてうの家」館長の米田佐代子が手を挙げ、現在までバトンがつながっている。

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