復帰直前の沖縄〈50年前きょうの1面〉2月2日「米軍機、五派にわたり北爆」―琉球新報アーカイブから―

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。
 
 
 1972年2月2日の琉球新報1面トップは、沖縄からの訪中団の帰沖を「経済文化交流で合意/〝友好商社〟年内にも/中国『核』先制攻撃しない」との見出しで報じた。中国側が「復帰はペテンだが、完全復帰に向けての初歩的な勝利であると評価」「攻撃されない限り核兵器を使用して沖縄を攻撃しない」と表明していたと紹介している。
 引き続きベトナム戦争について、サイゴンからの共同電で「米軍機、五波にわたり北爆/再開以来最高記録」と依然、米軍による爆撃が続いていることを伝えている。
 復帰に伴う円―ドル通貨切り替えに関連して、沖縄の労働者から1ドル=360円レートで求められていることに関連して「同盟スト二日目へ」と沖縄では銀行や航空路も巻き込んだストが続いていることを紹介する記事の隣中で、衆院本会議で佐藤栄作首相が「換算比率は一般レートで」と答弁し賃金保証について具体策を示していないことを併せて掲載している。
 
 
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 琉球新報デジタルは沖縄の日本復帰から50年となる2022年1月から、1972年5月15日の日本復帰に向かう沖縄の様子を日々伝える当時の琉球新報紙面を、琉球新報アーカイブから転載して紹介していきます。

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