世界遺産の意義

 「世界遺産とは地球の品位を守るもの」-。仏文学者の故桑原武夫氏の言葉だ。人類共通の宝を守るだけではなく、多様な文化を知って、尊重し合う心をはぐくむ。そこに世界遺産の意義がある▲政府が「佐渡島の金山」(新潟県)をユネスコ世界文化遺産に推薦した。専門家に世界的価値は十分と評価されながら、朝鮮半島出身者の強制労働の場所だと韓国が主張し、足踏みを強いられていた▲強制労働か、合法的な戦時徴用か。日韓の論争は堂々巡りだ。佐渡金山の推薦見送りを検討していた岸田文雄首相だが、安倍晋三元首相ら保守派から「論戦を避けた形で推薦しないのは間違い」「国家の名誉に関わる」と突き上げられ、翻意したらしい▲長崎市の端島(軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」の登録が難航した2015年のドイツ世界遺産委員会を思い出す。自国の主張に支持を得ようとロビー活動を展開した日韓に、多くの国の委員が冷ややかな視線を向けていた▲たけだけしい論戦も、ナショナリズムむき出しの対決姿勢も、世界遺産の理念と相いれない。政治的課題は関係国で調整し、世界遺産には持ち込まないのが国際社会の良識だ▲推薦した以上、政府は地元の長年の努力に応え、登録を実現する責任がある。多分、とても険しい道になる。(潤)

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