KOZZY IWAKAWA - 自身のルーツを探訪した音の時間旅行が伝承するロックンロール温故知新【前編】

演奏、録音、ミックス、マスタリングまでをすべて一人で手がけた

──AKIRA with THE ROCKSVILLEのアルバムが『L.U.V』、岩川さんの今回のアルバムが『R.A.M』と、両作はタイトルが対を成している上にルーツ・ミュージックに対する限りないリスペクトに溢れた作品という共通項を感じますね。

KOZZY:そうだね。AKIRAはラヴェンダーズというルーツに根差したバンドをやりつつ新しいアプローチをしてきて、そこに今までのノウハウや彼女が過ごしたカリフォルニアで培ったもの、僕の持つルーツ的な部分を合わせて投影させたのが『L.U.V』だった。コロナ禍で自宅待機を余儀なくされたおかげでよく練って取り組めたし、カバーだけじゃなくオリジナル曲を作れたのは良かった。今後のキャリアの糸口というか、ここからまたいろいろとやっていけばいいっていう取っ掛かりにはなったと思う。僕の『R.A.M』は『L.U.V』と同時に制作を進めていて、『R.A.M』で溢れた曲を『L.U.V』に入れたケースもあったね。

──古今東西の名曲をカバーするという題目からすると、『R.A.M』は『MIDNITE MELODIES』(2015年)や『ROOTS AND MELODIES』(2016年)よりも『THE ROOTS』(2013年)や『THE ROOTS 2』(2015年)の系譜を継ぐアルバムですよね。

KOZZY:『THE ROOTS』はロックンロールの本場であるアメリカへ乗り込んで現地のミュージシャンとセッションしてみようっていうのが事の始まりでね。それ以前、2000年頃にコルツとしてTOMMYと一緒に渡米したときも向こうのミュージシャンと一緒に演奏して、そこで何をやるかと言えばお互いの共通項でもあった50年代、60年代のロックンロールだった。まず一緒に音を出してみよう、すぐにパッとできるものは何かとやってみたのがそういうルーツ・ミュージックで、とてもスムーズに一緒にやれたわけ。その感覚があったから、2004年に自分のソロ・アルバムを作ろうとしてカントリー・ミュージックの聖地でもあるナッシュビルへ行こうと計画したんだけど、現地の治安の問題や予算の都合で頓挫してしまった。それでまずは日本で制作に着手して、マイクや録音機材の調整を兼ねて事あるごとにテスト録音するんだけど、そこでもまた試してみたのは自分の得意な原始的なオールド・ロックンロールだった。バディ・ホリーやチャック・ベリー、リトル・リチャードとかね。

──もはや岩川さんのお家芸と言うべき音楽ですね。

KOZZY:うん、まさに。そういうのを2006、7年頃から録り溜めて、“裏R.A.M”シリーズとして6作品、通販とライブ会場のみで販売していたんだよね。年末年始の賑やかしみたいなライブに乗じて(笑)、物販的な感じでね。ファンの中には「“裏R.A.M”が一番好きなんです」と言う人も意外といて、おいおい、一般流通している作品もちゃんと聴いてくれよと思うけど(笑)。

──岩川さんの中ではあくまでエチュード、習作みたいなものでしょうしね。

KOZZY:たとえば農業をやっていて、「これ余り物だけどどうぞ」ってお裾分けするようなものだから(笑)。一般には卸してないけど旨味のある野菜っていうかさ。そんな“裏R.A.M”シリーズをいつかまとめて正規盤として出したいと考えていて、長年僕らの作品のA&Rをやってくれている川戸(良徳)がソウルツイストというレーベルをめでたく立ち上げたこともあったので、いいタイミングだから出そうと。こういう作品は権利者に許諾を取る時間もかかるものなので、その準備ができたところで出しましょうということで。

──常にサービス精神に溢れる岩川さんのことですから、“裏R.A.M”6作品の中から精選した楽曲をそのまま2枚組CDにまとめ上げたわけではなさそうですね。

KOZZY:もちろん。6作品すべての曲をそのまま入れたら80曲くらいになっちゃうからね。確かにこれまで録り溜めてきたものがベースなんだけど、そのときやっていたバンドで演奏したものや仮歌にも満たないテイクとかもあって、そういうのを再構築したり録音し直したりしてみた。全部アレンジは初出と違うし、半分くらいは録り直ししたのかな。結果的に楽器演奏、録音、ミックス、マスタリングまですべてを自分一人で手がけた曲のみをピックアップしてね。真夜中にこのスタジオ(“ROCKSVILLE STUDIO ONE”)で音楽と対話することが多いし、僕一人で完結したものというのが大事だった。古い音源だと14、5年前のものもあるのでノイズの処理をしたり、聴くに堪え得るものにブラッシュアップしたり、選曲に関してはビートルズをあえて外して全部で37曲を揃えてみたというわけ。

幼少期から魅せられていたルーツ・ミュージック

──『L.U.V』のレコーディングでも岩川さんはあらゆる楽器演奏を一手に引き受けていましたが、『L.U.V』でも『R.A.M』でもドラムの演奏が軽快かつグルーヴィーで特に素晴らしいなと思って。聞くところによると、元はドラマー志望だったそうですね。

KOZZY:うん。僕が育った家は、家族も親戚もレコードを聴いたり楽器を演奏したりする音楽好きでね。兄貴やいとこもバンドをやっていて、うちの家で練習するんだよ。広島の郊外に引っ越したから周りが山で、フルボリュームで音が出せた。どこかで拾ってきたようなドラムセットも家にあったから思いきり叩けてさ。僕が小さい頃はギターやベースに触っちゃダメだというお触れが出てたんだけど、ドラムだけは触っても良かった。だから見よう見まねでガンガン叩いた。当時のテレビでやっていた生の音楽番組はドラムがバンドの中心にいて格好良く見えたし、憧れがあったね。いずれはミュージシャンになりたい、ドラマーになりたいという気持ちが芽生えたけど、ドラムを本気で突き詰めるのは難しいことがわかって途中からギターやベースを弾くようになった。

──従来のソロ作はゲスト・ミュージシャンを招いたバンド形式でしたし、今回の『R.A.M』は岩川さんのマルチ・プレイヤーぶりを存分に堪能できる文字通りのソロ作、純然たるソロ・アルバムと言えますね。

KOZZY:ロックの醍醐味はバンドで合奏することがその一つだけど、自分の演奏だけでどれだけバンドの合奏に近づけるかを考える楽しさもあった。10代の頃からずっと聴き込んできた音楽を自分でも作りたい思いが絶えずあるし、その分析ってほどでもないけど、ビートルズやストーンズ、アニマルズといった自分にとって本当の意味での音楽のスタート地点にあったものを聴き返して「やっぱりこういうドラムやベースがグッとくるんだな」みたいな聴き方もしたね。それから70年代、80年代に僕が聴いてきた音楽を掘り下げる一方、ビートルズやストーンズがカバーしたチャック・ベリーやバディ・ホリーといった先人たちのロックンロールまで時代を遡ってみた。ビートルズの中でも僕はゴキゲンなロックンロールが好きだったし、それは意外とカバー曲が多かったりもしたから。恐らく今まで18,500回くらいビートルズのアルバムを聴いてきたけど(笑)、「YESTERDAY」や「THE LONG AND WINDING ROAD」なんて多分3回くらいしか聴いてないんじゃないかな。僕は家族の中でも『HELP!』で「YESTERDAY」の針を飛ばすのが一番上手かったからさ(笑)。あと、親戚のおじさんがビートルズのカバーしていたカール・パーキンスやロカビリーのレコード、ストーンズがカバーしていたブルースのレコードを仕入れてきたり、そういうルーツ・ミュージックをよく聴かせてくれる先輩が身近にいたのも今思えば大きかった。

──ルーファス・トーマスの「WALKING THE DOG」やロイド・プライスの「LAWDY MISS CLAWDY」、ハウリン・ウルフの「LITTLE RED ROOSTER」など、リズム&ブルース、カントリーやロカビリーといった“ルーツ・オブ・ルーツ”とでも言うべきロックンロールの雛型がDISC-1にはギュッと凝縮していますね。

KOZZY:時空が一気に戦前まで巻き戻ったみたいなね(笑)。もちろん僕も昔からブルースに詳しかったわけじゃないし、ストーンズがあってのルーファス・トーマスやマディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムスだったし、ビートルズがあってのチャック・ベリーでありバディ・ホリー&クリケッツだった。それもルーツのめくり方の一つだよね。

──今日まで続くロックンロールの骨組みのようにシンプルな曲をカバーするのはシンプルがゆえの難しさがありそうですね。

KOZZY:このスタジオにぶら下がっている1930年代、40年代のマイク1本で再現する難しさはあったかな。当時のリズム&ブルースはギターの弦の軋みやドラムのちょっとした感触など振れるものすべてが音になっているから。足でリズムを取る音とか細かいノイズもDISC-1に入れたオリジナル曲の録音には入っているし、そういうノイズまで含めて音楽だと僕は思っているので、細やかなニュアンスにまで気を留める必要があった。そうやって微細に作り込む面白さもあれば、昔のブルースマンみたいに変則チューニングでギターを弾く楽しさもあったね。そんなトライ&エラーを繰り返していると、ウチの兄貴がブルースが好きだったことを思い出したりもした。まだ幼少だった僕はブルースのことなんてよくわからなくて、マディ・ウォーターズはまだ聴けたけどハウリン・ウルフとかを聴くと異様な迫力があって怖くてね。こっちは「およげ!たいやきくん」が好きな小学生だったから(笑)。あと、兄貴がよく聴いていたロバート・ジョンソンのレコードも暗くて怖くてイヤでね。それが延々と流れる家で育ったから、後になってロバート・ジョンソンを聴き直したときに全部弾けたし唄えたよ。環境には逆らえないと思ったね。

ロックンロールの妄想が暴走したタイムトラベル作品

──当時の音源は一発録りが基本であり、それを再現する鍵となるのも複数人が“せーの!”で合奏することだと思うんです。どれだけズレたりヨレたりしても合奏するのが大事というか。今回の『R.A.M』は全編岩川さんによる多重録音なのにオリジナル曲の質感や空気を見事に再現しているのが不思議なんですが、逆に言えば一人多重録音でもバンドのグルーヴを出す手腕が実に秀逸なんですよね。

KOZZY:それはバンド的なグルーヴ感を出すような演奏法だったりタイミングを自分なりに研究した成果なのかもしれないね。夜中に僕がこのスタジオで試行錯誤していることを俯瞰すると、ただの頭のおかしな奴だと思うよ(笑)。「ここに何がほしいんだ?」って常に音楽と対話をし続けて、その曲の軸となるものを探してそこから録り始めるんだけど、それが仮にベースだとする。そのベースだけを最初に録音する姿は決して他人には見せられない。常人がやることじゃないからさ(笑)。たとえばクリックを聴きながらドラムを叩くなら割と現代的な録り方に映るかもしれないけど、歌のないドラムを聴いても普通の人は何をやっているのかわかりっこないよね。だけど僕の中ではその曲の完成形、ある程度の形が見えているのが前提でそういうことをやるし、レコードで聴いてきた歌を分析した上でドラムから録ったりする。まあ、まずはギターを弾きながら唄うことが一番多いけど。そして、バンドではないけどバンドらしく聴かせるにはどうすればいいのかを考える。スティーヴ・クロッパーならギターをどう弾くだろう? ドナルド・ダック・ダンならベースをどう弾くだろう? ってね。

──興味深いのは岩川さんがほぼリアルタイムで聴いてきた70年代、80年代のロック・クラシックが収録されたDISC-2で、まるで闇鍋のように混沌とした選曲と構成が岩川さんのリスナー遍歴ならではでとても興味深いんですよね。

KOZZY:DISC-1に戦前のブルースや50年代のロックンロールを、DISC-2に70年代から90年代までのロックを入れて分けるつもりは最初なかったんだよ。どの時代のロックンロールも混ぜこぜのごった煮感覚で聴いてもらいたかったから。でも40曲近い曲をやると自分では制御不能になってしまって、選曲家もやっている川戸に曲順を決めてもらった。結果的には年代を追う構成になったけど。

──でも、岩川浩二というロックの神様に導かれた男の音楽人生を追体験できる構成のようにも思えますけどね。

KOZZY:まあね。本当は3枚組にしたかったんだけど、それは勘弁してくださいと川戸に言われてさ(笑)。

──“裏R.A.M”シリーズでは「SEXY SADIE」や「I'M ONLY SLEEPING」などビートルズ・ナンバーが多数収録されていましたが、今回は皆無ですよね。この意図するところは?

KOZZY:ビートルズはいつかそれ単体で出したいと思っているので。“裏R.A.M”も半分はビートルズだったし、なんせ一番好きだからね。それに録音のテストでも一番やりがいがあるのがビートルズだし、一番やりたいのもなりたいのもビートルズだから。ただ、同じような機材を揃えてレコーディングを模倣しようと自分なりに試行錯誤を繰り返してきたけど、結果として同じ音は出ないことがわかった。当時使っていたはずだという機材も実はほとんどが違ったことが近年の研究ではわかっていて、彼らのトレードマークであるVOXのアンプですら実際のレコーディングには使っていなかったらしい。もはや国家機密と言っても過言ではない企業機密だから、アビー・ロード・スタジオのスタッフ総出で偽の情報を出したりして真実をひた隠しにしていたんじゃないかな。

──でも後世のミュージシャンはそういうビートルズのレコーディング・マジックを推し量りながら妄想力を逞しくして、自身の足腰を鍛えたところが多分にありますよね。

KOZZY:そうだね。この『R.A.M』だって大いなる妄想アルバムだし、妄想が暴走した作品だから。勘違いでここまでやれたら凄いだろ?! みたいなさ(笑)。

──ビートルズ本体の曲がない代わりに、ラトルズやバッドフィンガー、ジョン・レノンのソロ曲という外堀を埋めるような選曲が為されているのがユニークですね。ビートルズのカバーで知られる「MR. MOONLIGHT」やリンゴ・スターのカバーでも知られる「YOU'RE SIXTEEN」が収録されていたり。

KOZZY:ジョン・レノンは大ファンだからね。かと言って「WOMAN」みたいな曲を僕がやるのも似合わないし(笑)。レノン=マッカートニーの曲はあまりにど真ん中なので今回は外してもいいかなと思った。

ソロ・アーティストよりもバンドという在り方にずっと憧れがある

──それこそ『RAM』というソロ作を発表しているポール・マッカートニーの曲を入れようとは考えなかったんですか。

KOZZY:『RAM』よりも『McCARTNEY』や『McCARTNEY II』のほうが好きかな。もっと言えばポールのソロもいいけどウイングスが好きだね。だからやっぱり僕はバンド・サウンドに惹かれるし、バンドという在り方にずっと憧れがあるんだと思う。ピーター・ジャクソン監督の『ザ・ビートルズ:Get Back』を見ても自分は根っからのバンド好きなんだなと実感したし。こんなソロのインタビューでバンドがいいなんて言うのもナンだけど(笑)。

──ちょっと話が逸れますが、岩川さんはビートルズの劇場用映画の中で『ハード・デイズ・ナイト』や『ヘルプ!4人はアイドル』よりも『レット・イット・ビー』が一番好きだとツイートしていましたよね。理由は「全編演奏シーンだったから」ということで。

KOZZY:小学生の頃、“ビートルズまつり”みたいな映画の3本立て上映がよく行なわれていてね。広島の平和公園でファンクラブの催しの一環として上映会もあったりして。僕は小4の頃にビートルズのほとんどの海賊盤を持っていたくらいなので劇場用映画の3本も当然見ていたけど、何度も見ていると『ハード・デイズ・ナイト』も『ヘルプ!』も演奏シーンが偽物なのがわかってくる。だけど『レット・イット・ビー』はスタジオでリハーサルをしているし、アップル・ビルの屋上で実際にライブをやるわけじゃない? そういう演奏シーンを見られるのが純粋に嬉しかったし、劇場で3本立て上映されるときは『レット・イット・ビー』が待ち遠しかった。メンバーの仲が良さそうじゃないのは雰囲気としてわかったけど、それは特に問題じゃなかった。彼らが話す言葉もバンドの成り立ちもよくわからなかった中で一番演奏シーンが多かったのが『レット・イット・ビー』だったから僕は大好きだったね。

──元から『レット・イット・ビー』がお好きだったのなら、『ザ・ビートルズ:Get Back』は諸手を挙げて喜ぶ作品だったのでは?

KOZZY:まさにあの未公開映像をずっと待ち望んでいたからね。スマホやパソコンじゃ大きい画面に映すことができないから、ディズニープラス内蔵の大画面テレビをわざわざ買ってきて見たよ(笑)。3部構成の全部で約8時間のドキュメンタリー作品なんだけど、2話目のアップル・スタジオでのリハーサル・シーンからまだ抜け出せないね。使っている機材を確認するためにいちいち止めながらじっくり見ているから。メンバーも30歳近くになって、技術的にもフィーリング的にもロックンロールの奥義を極めた演奏じゃないかな。彼らは常に最新鋭のロックンロールの先頭にいたから、ある意味ずっと闇雲のまま走り続けていたんじゃないかと思う。

──なるほど。『R.A.M』の話に戻りますが、DISC-2収録のクラッシュ、スペシャルズ、コステロ、ストレイ・キャッツといった70年代末から80年代初頭にかけての選曲は大いに納得するところなのですが、中にはB級グラムロック・バンドであるMUDの「TIGER FEET」のように意外なセレクトが目を引きますね。

KOZZY:MUDはB級もB級だし、僕も『LONDON NITE』くらいでしか聴いたことがなかった(笑)。でもいい曲なんだよね。70年代の前半と80年代の初頭にオールド・ロックンロールのリバイバル・ブームがあって、前者は『アメリカン・グラフィティ』、後者は『グリース』といった映画の影響もあったのかな。シャ・ナ・ナみたいなオールディーズを復活させるグループが出てきて、日本ではキャロルやクールスの人気が出た。MUDは本来スウィートやスレイドみたいなグラムの仲間だったはずなのに、オールディーズのリバイバルに乗っかってテディボーイ・ファッションでロカビリーをやってみたら売れちゃって、以降はずっとそんな音楽をやる羽目になった。一過性のブームであるグラムにはそんな可愛さ、悲哀みたいなものがあるよね。そこに妙な愛おしさがあったりもして。何か自分たちの特徴を無理やり出さなきゃいけないという使命感みたいなものがバンドとしてあって、MUDはそこで古いロカビリーを選んじゃった。それがたまたま人気を得てしまったがゆえにその後もずっとロカビリーをやり続けなくちゃいけなかったという悲哀がMUDにはあったんじゃないかな(笑)。

──まさに一発屋の性ですね(笑)。

KOZZY:MUDがそういう方向性を選んだのは、1972年にウェンブリー・スタジアムで行なわれた『ロンドン・ロックンロール・ショー』の影響もあったと思う。チャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイス、ボ・ディドリーなんかが大挙してイギリスに来て、後で映画にもなったイベントでね。映画としてはどうしようもない内容なんだけど、僕はあれが大好きでさ。客席のテディボーイズを見るのも面白いし、物販で派手なロックTシャツを売っているのはマルコム・マクラーレンだし。あの時代のテディボーイ・リバイバルを仕掛けたのがヴィヴィアン・ウェストウッドとマルコム・マクラーレンだったから。テッズやロッカーズがどんなものかがわかるのはああいう映画しかなかったし、当時はあれくらいしか情報がなかったよね。後年のクラッシュやピストルズのほうがパンクというファッション化したカルチャーとして情報は入手しやすかった気がする。まあ、そういった情報も東京へ出てくるまではよくわからなかったけどさ。ちなみに言うと、今回の40曲近い収録曲の中からあえて7インチのシングルにしようと考えているのが「TIGER FEET」なんだよね。【後編へつづく】

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