映画『ちょっと思い出しただけ』- 別れてしまった男女の紡いだ「なんでもない」日々の純度の高さが優しく切なく胸に響く

2021年の『くれなずめ』に続く松居大悟監督の『ちょっと思い出しただけ』が公開された。クリープハイプの尾崎世界観が、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット(原題:Night on the Earth)』から着想を得て書き上げたナンバー「ナイトオンザプラネット」。この楽曲をもとに松居監督が『ちょっと思い出しただけ』を撮った。松居監督はクリープハイプのミュージックビデオの多くを手掛け、クリープハイプの尾崎世界観は『ちょっと思い出しただけ』に出演もしている。一本の映画に影響を受け、共鳴する仲間がいて、また新しい映画が作られる。点と点が繋がっていく。美しい流れだ。

松居監督は2021年公開の『くれなずめ』で、高校時代から30歳近くになった大人になりきれない男ども6人の12年間を、時間を行き来させながら描いていた。時間の流れの描き方が見事だった。『ちょっと思い出しただけ』も、男女2人のある一日が積み重なった、6年の年月の流れが描かれている。時間の流れを見事に操り6年間を描いている。

池松壮亮演じるダンサーの照生と伊藤沙莉演じるタクシードライバーの葉。恋人同士ではあるけれど、2人の関係の説明はない。説明はないけど照生のアパートの部屋が物語っている。清潔なとき、ビールの空き缶が転がり散らかっているとき、観葉植物、猫。一年で最も大切な一日を描いているのだが、その一日から浮かび上がる6年という年月の流れを、2人の関係を、照生の部屋から感じ取れる。そしてアパート近くの公園、お地蔵さん、葉がタクシーを走らせる夜の街、乗客、照生のダンサー仲間、2人で行ったバー、バーで出会う人、もう会うことのない人、何度かの偶然で出会っている人など、2人を取り巻く周囲の景色からも、点と点が繋がっていくように6年の年月のイメージが広がる。 とにかく、恋する2人のなんとキラキラしていることか! ダンサーの照生が踊るシーンはもとより、葉がスカートを翻し跳ねるように踊る姿のなんとチャーミングなことか! おずおずしながらも思い切ったことをやれちゃう恋する2人は、人生を共にしようと妄想する。思いやりながらもすれ違って喧嘩になったりもする。スクリーンに向かって“あぁー、それ言っちゃダメ!”って言いたくなるぐらい会話はリアルで、つまりどこにでもいる2人の、どこにでもある物語なのだ。

高岡早紀演じるタクシーの乗客に、「いい仕事、紹介しようか」と持ち掛けられても、『Night on the earth』の台詞さながらに、「お金は必要だけど重要じゃないんで」と答える葉。映画スターの誘いを断るウィノナ・ライダーに倣ってか、「どこかに行きたいんだけど、行きたいとこってわからないじゃないですか。だけどお客さんに行き先を決めてもらって向かい続けるのは、ずっとどこかに向かっていけて、楽しいんです」とおいしい話を断る。

ドラマチックな人生だけが素晴らしいってわけではない。 人生において大切なこととは、それが大切とは気づかないような、いやそれ自体に気づかないような、平凡で些細なことなのかもしれない。過去の些細なことが重なって現在があり、未来を作っていく。今を生きているから、あの日々には二度と戻れない。戻れないから、今を生きていく。

人通りの少ないコロナ禍の東京と、マスクをせずに過ごせた過去の日々。未だコロナ禍に生きていると、切なさや哀しさのような感情で胸がちょっとヒリヒリした。(text:遠藤妙子)

© 有限会社ルーフトップ