見つめ直す時

 「耳」の横に「心」を置けば何になる? 詩人の吉野弘さんに「恥」という一編がある。〈心に耳を押し当てよ/聞くに堪えないことばかり〉。かつて官僚が公の文書を部下に書き換えさせた問題が発覚し、この詩を引いた▲「己」と「心」が重なれば? 吉野さんには「忌」と題する詩もある。〈忌(い)むべきものの第一は/己(おの)が己がと言う心〉。路上で男が子どもを無差別に襲う事件が起きたとき、これを引いた▲保身に身勝手と、わが身だけを大事にする人たちを、小欄は時に取り上げる。こちらも徳や品性に欠ける身ではあるが、恥ずべき行い、忌むべき仕業から目をそらせない時も多い▲逆に「自分を大事にして」と願うこともある。北京五輪のスキー・ジャンプ混合団体で失格になった高梨沙羅選手が、ネット上に謝罪の文を載せた。沈痛さがにじむ▲失格で〈みんなの人生を変えてしまった〉。結果、結果、結果…と、のしかかる重圧は想像に余りある。スーツの検査の在り方もそうだが、失敗で謝罪に追い込まれるという、おそらく日本だけの風潮も見つめ直す時かもしれない▲いま彼女の心を1字で表せば、「心が凋(しぼ)む」の「凋」だろう。同じ「冫(にすい)」でも、意味は正反対の文字もある。「凜(りん)として」の「凜」、本来はこの言葉こそがぴったりくる。(徹)

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