映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』 「他者のために」ユーモアを武器に正義を貫く信念

©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

1961年、ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの「ウェリントン公爵」が盗まれた。盗んだのは年金暮らしをしている60歳のケンプトン・バントン。理由は絵の身代金を高齢者のテレビ受信料にあてるためだった。映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』は実際の事件をもとにした作品だ。ケンプトンは、地位や名誉もなく他人から尊敬もされないが、弱者に思いを寄せ社会をより良くしようと活動をしていた。常に相手を気遣いユーモアを交えて接する彼の姿は、たとえ周囲から認められなくても「他者のために」正義を信じて行動することの大切さを教えてくれる。(松島香織)

ケンプトンは、英国政府がゴヤの名画「ウェリントン公爵」を買い取り、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで展示されることをニュースで知り、絵画を人質に政府から身代金を得ようと考えつく。身代金は、裕福でない高齢者や退役軍人の公共放送(BBC)の受信料として寄付する計画だ。当時娯楽といえばテレビだけで、孤独な高齢者が社会とつながる唯一の手段だった。だが視聴するには許可証が必要であり、無断で視聴したことが発覚すると刑罰が科せられた。

舞台となるニューカッスルは華やかなロンドンとは対照的な労働者階級の工業都市だ。同じような赤レンガのアパートが並ぶその先で、工場の煙突から灰色の煙が流れている。ケンプトンの妻・ドロシーは現実的で真面目な性格だが、長女を事故で亡くしたことに向き合えず気難しくなっていた。

次男のジャッキーは、「教皇を殴れ」と教えるケンプトンにときどき辟易しているが、父親の「年金老人に無料テレビを!」運動を手伝い、「運動に注目を集めたい」と考えていた。彼は何でも父親に話しケンプトンも素直で実直な息子を信頼していて、まるで秘密を共有している遊び友だちのような、ふたりのやり取りが微笑ましい。

法廷の場面でも臆することなく自分は無罪だと主張するケンプトン。検察や陪審員は少し下品で余計なおしゃべりをする彼を蔑むように見ていたが、だんだんと「弱者のための行動がなぜ罪に問われるのか」と意識が変わり始める。ケンプトンは14歳の時に溺れかけたが誰かが助けに来ることを信じていたと話し「あなたはわたし。わたしはあなた。あなたが存在するからわたしがいる」と語りかける。彼には、自分と他者はつながっており、お互いの努力で社会が成り立っているのだという信念があった。

現代には所得や教育格差、新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけにデジタル格差などまで顕著になった。格差の広がりは「自分」と「他者」を分断させ、社会として機能しなくなる可能性がある。ケンプトンのように「あなたはわたし」と考え行動できたら、世界に戦争は起こらず、貧困や犯罪を減らせるかもしれない。

https://youtu.be/jIRjfwWorUI

『ゴヤの名画と優しい泥棒』 
https://happinet-phantom.com/goya-movie/
2022年2月25日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開中。
配給:ハピネットファントム・スタジオ

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