現地取材で感じたローザンヌ国際バレエコンクールの魅力 「競争」ではなく「学び」の場

ローザンヌ国際バレエコンクールの最終選考で、コンテンポラリーの演技を披露する田中月乃さん。2位に入賞した=2月5日、スイス・モントルー(共同)

 「コンクール」と聞くと、ピアノや合唱などの音楽や、書道や読書感想文などの応募作品の優劣を競う場と思っていた。大阪府東大阪市出身の田中月乃さん(17)が2月5日、2位入賞という快挙を成し遂げたスイスの第50回ローザンヌ国際バレエコンクールも、1~7位まで入賞者が選ばれ、厳然たる順位付けはなされる。

 だが2020年、そして今年と2回の現地取材を重ねると、競争よりも「学びの場」としての比重がとても高い、異色のコンクールだということを実感した。バレエには全く縁がなかった門外漢の記者にも伝わってくる、その魅力の一端をお伝えしたい。(共同通信=出口朋弘)

 ▽長丁場

 取材に向けた事前準備で真っ先に違和感を覚えたのは、開催期間の長さ。今年の場合、参加者は1月30日に集合し、同31日から2月6日までの1週間が公式日程だ。

 ビデオ審査に加え、一部の国で実施された予選で81人が選ばれ、けがなどの理由による辞退者を除いた70人が現地入り。2月4日の本選では、観客の前でクラシック(古典)、コンテンポラリー(現代)の二つの課題が披露され、ファイナリスト20人が決まる。20人は5日の最終選考で再び踊り、入賞者が決まるという段取りだ。

2020年、22年と、ローザンヌ国際バレエコンクールが開かれたスイス西部モントルー。レマン湖とアルプスの光景が広がる風光明媚な土地だ=2月6日(共同)

 出場人数は多いが、各課題の長さはそれぞれ数分のため、本選と最終選考と合わせても、時間的には2日間あれば十分なはず。そして最終選考・表彰式の翌日まで日程が入っている。不思議で仕方がなかった。

 ▽ハードなコンクール

 スケジュールを見ると、初日から4日目まではレッスンやリハーサルが午前8時台から始まり、遅いときには午後7時ごろまで続く。講師陣は世界的ダンサーや振付師、名門バレエ学校の教師らで、バレエ界のスターがそろう。憧れの存在から直接教えを受けることができる、若手にとっては夢のようなぜいたくな時間だ。

 男女別や、ジュニア(15~16歳)とシニア(17~18歳)の年齢別集団レッスンのほか、個別指導も行われる。本選で披露する課題の通し稽古に加え、基本動作をみっちり反復する練習もあり、内容は多種多彩。東京都江東区出身の加藤航世さん(18)は、4日間のレッスン期間が終わった3日夕に「ハードでした。こんなコンクールは初めて」と振り返り「学ぶことが多い」と充実した表情を見せた。

最終選考に進むことが発表された後、晴れやかな表情を見せるファイナリストたち。田中月乃さん(前列左から4人目。ゼッケン番号307番)、高田幸弥さん(後列右端)、両親が日本人でオーストラリアで生まれ育った清水ひようさん(後列右から4人目)も笑顔を見せた=2月4日、スイス西部モントルー(共同)

 ▽レッスンでも評価

 そしてこのレッスン期間の立ち居振る舞いも、最終選考進出にあたっての選考基準の、実に半分も占めていることに驚かされた。レッスンと、本選での演舞の出来が、同じ比重で評価される。

 選考基準には「技術的熟練度は考慮されるが、プロのダンサーとして成功する可能性に主眼を置く」と明記されている。現時点での完成度よりも今後さらに飛躍する伸びしろがあるかどうか、そして受けた助言を理解して吸収する能力も極めて重視される。

最終選考の本番直前にも、観客が見守る中、舞台上でレッスンが行われる。田中月乃さん(中央。ゼッケン307番)はいつも笑顔。後ろでは両親が日本人で、オーストラリアで生まれ育った清水ひようさんも=2月5日、スイス西部モントルー(共同)

 このため、舞台上の出来不出来だけでは結果は見通せず、下馬評もあてにはならない。実際、2位入賞の田中さんも本選では転倒してしりもちをついたが、マーガレット・トレーシー審査員長は表彰式後の取材に対し「(失敗は)才能があるかどうかということとは、全く関係ない」と言明した。

 指導は英語で行われる。日本語や韓国語、中国語などの通訳も待機している。語学力がまだ不十分な参加者でも、講師との意思疎通が問題なく行えるような環境整備も行き届いている。

 最終選考は5日の午後3時から始まったが、惜しくも進出を逃した50人は同日午前中、会場に練習着姿で集まり、審査員からの講評を受け、さらにレッスンに臨んだ。そして翌日の6日午前には、世界各地から集まったバレエ学校やバレエ団関係者と面談する場が設けられている。今後の進路相談や入団に向けた交渉が、静かな熱気に包まれながら行われていた。

最終選考の舞台を終え、表彰式で入賞者の発表を待つ田中月乃さん(前列右から2人目)ら。両親が日本人で、オーストラリアで生まれ育ち、同国で出場登録の清水ひようさん(左端)も緊張した面持ち=2月5日、スイス西部モントルー(共同)

 ▽世界一決定にあらず

 取材前は「バレエ版の世界ジュニア選手権のようなものか」と、記者は思い込んでいた。だがロシア、フランス、英国といったバレエ大国の超有望な若手は、既に自国の名門学校やバレエ団に入っているため、コンクール入賞という名声だけを求めて出場してくる例は少ない。

 世界中の若者がバレエの本場で学び、活躍するきっかけとなる場を提供するということが、このコンクールの本来の目的だ。今回も現地入りしたのは韓国13人、日本と米国がそれぞれ12人と目立つ一方で、フランスは5人、英国は3人、ロシアにいたってはゼロ。「世界一決定戦」でないことは、こうした客観的事実からも分かる。

優勝した米国のダリオン・セルマンさん(中央)ら、入賞者7人。米国が2人のほかは、日本、中国、オーストラリア、ブラジル、フランスが1人ずつと、多様な顔ぶれとなった=2月5日、スイス西部モントルー(共同)

 トレーシー審査員長は4日のファイナリスト発表前、参加者にこう語りかけた。「学んだこと、人生を変えたかもしれない人に出会ったことを持ち帰って、一生大切にしていってください。それぞれの旅路の目的地に、全員がたどり着くのです」。キャスリン・ブラッドニー事務局長も「あなたたち全員が成功者です」と参加者をたたえた。

 バレエは芸術だ。最終選考に進めなくても、入賞できなくても、バレエダンサーとしての未来が暗くなるわけではない。この場にたどり着き、学び、踊るという経験こそが、この先、プロとして羽ばたいていく上で、大きな財産となるのだろう。

 ▽日本勢の活躍

 今回、日本出身12人のうち、8人は既にロシアやドイツなどに留学中で、田中さんもスイスのバレエ学校に在籍している。だがほぼ全員が、日本国内各地で個人が運営するバレエ教室育ちだ。田中さんも日本帰国時には、7歳から師事している吉田洋子さん(55)のスタジオで練習し、今回も吉田さんお手製の衣装で本番に臨んだ。

ローザンヌ国際バレエコンクールで2位に入賞し、笑顔であいさつする田中月乃さん=2月5日、スイス・モントルー(共同)

 日本人の入賞は珍しくないが、2位という高順位は8年ぶり。現地入りした振付・演出家の山本康介さんは「日本は民間の先生がすごく優秀。そうした先生たちの(努力の)結晶が、今回の田中さんの2位入賞にもつながっている」と評する。

 吉田さんは「普段のレッスンの積み重ねが一番大事。信じれば、一歩ずつ努力すれば、夢はかなうかもしれない、あきらめないようにと、子供たちに伝えていきたい」と語った。身近な存在の田中さんの頑張りが、教室で現在学ぶ子供たちに好影響を与えることを確信している。

 ▽来年は「本籍地」に

 コンクールはその名が示す通り、レマン湖のほとりの景勝地、スイス西部ローザンヌで開かれてきた。だが会場となってきたボーリュ劇場の改修作業のため、20年と今年は、東へ20キロのモントルーで開催された(昨年はビデオ審査のみ)。

ロックバンド「クイーン」が数々のアルバムの録音を実施したモントルーに立つ、フレディ・マーキュリーの銅像。銅像と同じポーズを決めて記念撮影する人が多い=2020年2月9日、スイス西部モントルー(共同)

 ロックバンド「クイーン」が数々のアルバム録音を行い、「ディープ・パープル」の名曲「スモーク・オン・ザ・ウオーター」の舞台となり、ジャズフェスティバルでも知られる音楽の町、モントルーから、来年はローザンヌに戻る。記者も51回目となる次回コンクールを、初めて「本籍地」で取材するのを、今から楽しみにしている。

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