「グラウンドが取れない」という悩みを解消 選手の“流出”防ぐ川崎市の試み

神奈川県川崎市の「川崎市多摩川丸子橋硬式野球場」【写真:川崎硬式野球協議会】

日本ハムが使用していた球場を改修、川崎硬式野球協議会が管理・運営する

キーワードは「半官半民」だ。神奈川県川崎市にある民間団体「川崎硬式野球協議会」の活動が、首都圏の少年野球チームの悩みや、深刻な野球人口減少を解決するヒントを示している。行政の強みに民間の知恵を足し、硬式野球の環境を整えている。

都内や横浜へのアクセスに便利な川崎市。7つある区のうちの1つ、中原区は最も人口が多い行政区で、マンションが立ち並ぶ。再開発によって空き地が減る中、多摩川の河川敷には硬式野球場がある。「川崎市多摩川丸子橋硬式野球場」だ。両翼97メートル、中堅122メートルとアマチュア規則を満たす球場で、両ベンチ脇にブルペンもある。

ここは、かつて日本ハムの2軍が練習や試合で使う球場だった。2011年3月に借地契約が満了し、日本ハムから国に土地の所有権が返還されると、2か月後に川崎市が国から土地を占用。野球場の改修を計画したタイミングで市の認可を受けて設立されたのが、川崎硬式野球協議会だった(球場完成は2015年)。協議会は川崎市と協定を結んで球場の管理・運営を担当し、現在は中学生の硬式野球4チームと、社会人クラブ1チームで球場を利用している。

協議会がつくられた理由は、川崎市で長年、野球に携わってきたメンバーが地元の現状に強い危機感を抱いたからだった。協議会の中嶌竜平事務局長が明かす。「川崎から硬式野球のできる場所が、どんどんなくなっています。野球をやりたい子どもたちは東京や横浜市に越境しています。何とかしないと、川崎の硬式野球が衰退していく一方だと感じていました」。

外野から見た「川崎市多摩川丸子橋硬式野球場」【写真:川崎硬式野球協議会】

練習場所がなかった川崎市、子どもたちが東京都や横浜市に“流出”していた

多摩川を渡れば東京都大田区で、電車に乗れば数駅で横浜に行ける。練習場所がないために、子どもたちは川崎市外の野球チームに入る。野球人口の流出・減少の解決は急務だった。市も子どもたちのための野球場整備が必要だと感じていた。川崎市の多摩川施策推進課・篠原宏英さんも「場所がないために川崎から離れる子どもたちがいるのは把握していたので、硬式野球ができる場所を整備できないかと思っていました」と語る。

目的は同じ。川崎硬式野球協議会は、協議会に所属するチームの意見を集約し、川崎市と二人三脚で理想の球場を目指している。例えば、市の予算でまかなえない草刈りやグラウンド整備は協議会やチームで担当。新たに整備された硬式野球場と隣接する練習場は、芝生にすると費用がかかるため協議会の提案でダスト舗装にした。

ブルペンの場所やネットの張り方、グラウンド整備の方法などは野球経験の長い協議会のメンバーが市に助言することで、子どもたちは安全にプレーできる。協議会の加藤純一代表は「行政に要望を伝えるだけではなく、提案や対案を持っていき、一緒にベストな方法を導き出します。課題に直面した時に、できないと言うのではなく、どうしたらできるかをみんなで考えることが必要だと思います。協議会は行政とチームの橋渡しのような役割です」と語る。

協議会は球場の予約システムも改革した。球場利用の際はインターネットや電話で希望日を予約する仕組みが一般的だが、首都圏にはグラウンドや練習場所が少ないため競争率が高い。希望者が多いと先着や抽選となるが、マンパワーのある特定の団体やチームが独占的に使用するケースが少なくない。この状況が多くの人に「川崎には野球をする場所がない」と感じさせ、野球少年が離れていく要因となっていた。協議会では所属するシニア、ボーイズ、社会人合わせて5つの硬式野球チームで球場利用の調整会議を開き、均等に各チームへ利用日時を割り当てている。

川崎硬式野球協議会・中嶌竜平事務局長【写真:編集部】

半官半民で、安定した運営が可能になるメリットも

川崎市も行政ならではの強みを生かしている。野球場は河川敷にあるため雨や風の影響を受けやすいが、行政には災害対応のノウハウがある。実際、過去の台風で被害が出た時も、球場は早期に復旧している。これまでは重複していた市民からの要望や意見を、協議会が集約しているため市の負担が軽減され、必要な業務に時間や人を投入できている。

半官半民のメリットは他にもある。協議会の中嶌事務局長は、市が土地や球場を保有することで安定した運営が可能になると説明する。「地主さんは相続で土地を手放すかもしれないし、企業は業績が悪化したら売却するかもしれません。行政はそうした可能性が極めて低いと思います。私たち協議会がしっかり運営すれば、行政と力を合わせる意義は大きいと考えています」。

全国的に珍しい官民一体となった野球場の運営。硬式野球をする子どもたちの環境を整えたいという思いは一緒だ。練習場所の確保が共通の課題となっている都市部のモデルケースとなり得る。(間淳 / Jun Aida)

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