プロサッカー選手を続けたまま母親になった堂園彩乃選手 スペインで活躍する「ロールモデル」が語る夢

復帰した堂園彩乃選手=1月29日、スペイン・テネリフェ島(堂園選手提供)

 スペイン女子プロサッカークラブ「レアル・ウニオン・デ・テネリフェ」の堂園彩乃選手(32)は1月末、約1年1カ月ぶりに公式戦に復帰した。この間に長女を出産。そこからたった5カ月だが、以前と変わることのない美しいプレーでチームを勝利に導き、周囲からは感嘆の声が上がった。

 妊娠判明後にチームが契約更新を決めるという異例の経過をたどった。妊娠、出産を経てプロ選手を続け、女性アスリートのロールモデルとも言える存在になった堂園選手だが、道のりは平たんだった訳ではない。(共同通信=吉川良太、三浦ともみ)

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 ▽周囲が驚くパフォーマンス

 復帰戦となったリーグ公式戦は1月29日、スペイン・テネリフェ島であった。対戦相手は「エルチェ・クルブ・デ・フトボル」。堂園選手は1―0でリードしていた後半途中から出場。「少し緊張したけれど不安はなかった。今の100パーセントを出すことだけを考えた」

 

プレーする堂園選手(左)=1月29日、クラブ関係者提供

 クラブ関係者によると、中盤のポジションに入り、守備では相手のプレーを遅らせてチームに落ち着きをもたらし、攻撃では起点となって追加点の流れをつくった。試合は2―0で勝利。「正確なボールコントロールと優れたボディバランスで、視野が広い。試合展開の流れを読みながら常に一つ先のプレーをしていた。あらためて『レベルが違う』と思わせるほどだった」という。

 周囲が驚く圧倒的なパフォーマンスでの電撃復帰だが、堂園選手は試合後の取材に「まだ妊娠前の70~80%くらいしか戻っていないと感じた。継続してトレーニングを頑張るのみ」と冷静だった。

 ▽出産後は葛藤の連続

 昨年8月の出産後、復帰まで葛藤の連続だった。クラブは現在2部リーグに所属し、経済的な状況は厳しい。堂園選手は長女と、長女の父親で日系ペルー人の日本語教師の男性(39)と3人暮らし。2人とも実家は海の彼方だ。「最初はパートナー(男性)と2人だけで子育てをしなければいけないと思っていた。うまくいかないとすごく悲しくなったり悩んだり、近くに自分の家族も兄弟もいなくて、頼れる人もいなかった」

 出産直後は会陰切開による痛みと1時間おきに目覚める長女のケアに苦労した。葛藤もあり、「仕事(サッカー)をしながら子育てをしていると、子ども自身のペースで育ってほしいのに、私がコントロールしようとしている」と沈んだ。

プレーする堂園選手(中央)=1月29日、クラブ関係者提供

 特に授乳は、長女は母乳を求め、母としても与えたいのに、ミルクを飲ませなければ仕事に支障が出てしまうことがあり「たくさんの母親が経験している葛藤だと思うが、本当に心が痛い」と明かす。

 ▽午前は練習、午後は娘と過ごす

 体の回復を図りながら、長女との時間を大切にして、生活のリズムを少しずつ育んだ。チームの練習に合流したのは約1カ月半後。練習中はパートナーの男性が長女を見るように仕事を調整し、男性の仕事と練習時間がどうしても重なる時は、友人に頼ったり、練習場に連れて行ったりした。

 

復帰4試合目に長女を抱いて入場する堂園選手(中央)。「また一つ夢がかないました」

 一家の朝は、長女の起床から始まる。堂園選手はおむつを交換して、授乳してから練習へ。「練習の間はパートナーが娘を見ながら家事をほとんど済ませてくれている。帰宅すると娘がにこっと笑って迎えてくれる。パートナーには日々、感謝しかない。娘には心から和らぐ気持ちにさせてもらっている」

 練習は午前が基本で、午後は堂園選手が長女と過ごす。公園で遊んだり散歩をしたり、日本の家族とビデオ通話を楽しむことも。長女は、昼間に出掛けてたくさん遊んだ日の夜はぐっすり寝ることが多く、両親ともよく休めるという。

 ▽「母親になりたいサッカー選手の見本」

 仕事をしながら、2人で協力して育児と生活に向き合い、つくり出した家族のリズム。堂園選手は「周りの人に頼れるようになったこと」も大切なこととして挙げる。テネリフェ島には交流がある日本人の家族や男性の友人、チームメイトがいる。5カ月の間に「もっと周りに頼っていい、力を抜いていい」と気付き、「そう思うと気持ちが楽になった。子供を預けたり、ホームパーティーをしたり、海外に住んでいても近くに頼れる人がいるということにとても助けられている」と言う。

 

ラケル・デルガド・ゴンサレス副会長兼ゼネラルマネジャー

 妊娠時から一貫して、ジェンダー平等を尊重するクラブの姿勢も見逃せない。妊娠中の堂園選手と契約を更新し、家族で住めるマンションの提供といったサポートを続けるラケル・デルガド・ゴンサレス副会長兼ゼネラルマネジャーは「彩乃がピッチに戻ったことにとても満足している。クラブの重要な選手であり、母親になりたいサッカー選手の見本となり、人々に勇気を与えた。クラブはこのような選手を支援しなければならないと考えている」とコメントした。

 ▽産後復帰プロセスの発信・受信できる場所を

 妊娠と出産、復帰までを視野に入れた女性アスリートのライフスタイル構築や支援の仕組みづくりはまだ道半ばだ。堂園選手はこれからのロールモデルになるだろう。

 今後のスポーツ界について、堂園選手は「ママアスリートの妊娠中や、産後の復帰プロセスを発信・受信できる場所があるといい」と指摘した。「プロセスは人それぞれ違っていて、私のようなケースはまだまだ少ないと思う。これから同じような境遇になった選手がいた時、そのような場所で少しでもママアスリートの支えになれたらいいなと考えている」と語った。

チームメートと堂園選手(後列左から2人目)=堂園選手提供

 振り返れば、出産から復帰まであっという間の5カ月間だった。今の夢は「新型コロナウイルス禍の中であり、家族としてもまだ難しい状況だが、いつの日か3人で旅行すること」という。「これからも多くの人たちの助けを借りて、息抜きもしながら、ママとしての日々と、サッカーを楽しんでいきたい」と笑顔を見せた。

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