車いすのボクサー 前田秀喜さん(58) 事故で脊髄を損傷 前向きに「やらんばいかん」

車いすボクシングに取り組む前田さん(右)とトレーナーの北岡さん=ウルフパックハウスボクシングジム

 長崎県佐世保市のウルフパックハウスボクシングジムに、車いすのボクサーがいる。3年前に交通事故に遭い、脊髄を損傷した前田秀喜さん、58歳。事故後、胸から下が動かなくなり、仕事を辞めた。生活は180度変わった。「つらくて一生分泣いた」。ふさぎ込む気持ちを前向きにしてくれたのは、家族の支えとボクシングだった。
 10年ほど前からジムに通っていた。体を鍛える目的で始めると「雰囲気が良くて、はまっていった」。事故の後は休会していたが、リハビリ生活中の病院で「ミット打ちができる」と聞いて心が動いた。体幹が利かないため、ベルトで腰を固定して腕を伸ばす。少しずつ体を動かした。
 昨年9月、「ジムに復帰したい」と連絡した。ちょうどそのころ、世界中で社会貢献活動をする「WBC(世界ボクシング評議会)ケアズ」が佐世保市でのイベントを計画中だった。パラボクシングの普及や、コロナ禍で試合の機会を失った子どもたち向けの企画が練られていた。不思議な巡り合わせで出場が決まった。
 それからは自ら車を運転して、週2回ペースでジムに通った。健常者ではあるが、車いすに乗って相手をしてくれるトレーナーの北岡敏治さん(61)とミット打ちやスパーリングを続けた。今も体の痛みやしびれは残っているが「自分が鍛えていくしかない。やらんばいかん」とひた向きに努力した。
 その懸命な姿は、他の会員にとっても刺激になっている。北岡さんは「今できることを楽しむこと、諦めずに挑戦する大切さを教えられる」と目を細める。
 先月13日、佐世保市民文化ホール。亀田興毅、亀田大毅、坂本博之ら名だたる元世界チャンピオンが見守る中、本番のリングに上がった。赤いヘッドギアをつけ、後ろに倒れないようにテニス用の車いすに乗った。2分の計3ラウンド。北岡さんと打ち合った。介護してくれている家族の前で懸命に戦った。「9人いる孫にかっこいいところを見せたかった。やれてうれしかった」。健闘した両者に金メダルが贈られた。
 このイベントの様子はWBC本部のサイトから世界中に発信された。車いすボクシングは、まだ発展途上の競技。現時点で専用の車いすもなく、国内で試合があるのは珍しいが、前田さんは意欲的だ。
 「汗が出ると気持ちがいい。ずっと続けていきたい」
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 ウルフパックハウスボクシングジムは、障がい者も含めて入会、見学者を歓迎している。駐車場あり。森進至代表は「車いすボクシングの普及につながればうれしい」と呼び掛けている。問い合わせは同ジム(電0956.88.8134)。

WBCケアズで戦う前田さん(右)=佐世保市民文化ホール

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