地方圏の人口減少に新型コロナが追い打ちをかけ、経営環境が厳しさを増す地方鉄道の今後を考える国レベルの会合が立ち上がりました。国土交通省は、有識者委員と鉄道事業者代表(オブザーバー参加)をメンバーに、「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」を創設し、2022年2月14日に初会合を開催(一部オンライン)しました。
国の検討会らしく若干硬めのネーミングですが、要はこれまで民間の鉄道会社まかせだった地方鉄道を地域全体で支え、マイカーを持たない高齢者も住み続けられる、持続可能な地域づくりを考える場といえるでしょう。前編では検討会に出席したJR東日本とJR西日本がどんな主張をしたのかをご報告。本コラムをご覧の皆さまが、地方鉄道を考えていただくためのヒントを提供したいと思います。
コロナで崩壊した内部補てんの論理
コロナで人の移動が制約され、公共交通の経営を圧迫することは、これまで繰り返し報告してきた通り。特に深刻なのが地方鉄道です。地方ローカル線は、第三セクター鉄道や地方私鉄だけではありません。JRグループも多くの地方線区を運営します。
JRの地方線区は単独で収支をまかなえないので、JR東日本なら首都圏線区、JR東海なら東海道新幹線、JR西日本なら近畿圏線区の収入や利益でローカル線を支える構図でした。しかし、コロナで〝ドル箱線区〟の経営も悪化し、内部補てんによる地方線区の運営が難しくなってきました。これが今回の議論の発端です。
積極的に発言し始めたJR
踏み込んだ話に移ります。コロナ禍が2年以上におよび、「経営悪化は、ある意味仕方ない」としてきたJR各社のトップが地方線区の見直しについて、徐々に発言するようになってきました。例えば、JR西日本の長谷川一明社長は2022年2月16日の会見で、輸送量の少ない路線について、線区単位の経営指標を同年4月に公表する方針を明かしました。
国鉄末期には線区別経営成績が算出され、それが特定地方交通線の三セク化やバス転換の根拠になりました。民営化から30年余を経過して、再び線区ごとの経営成績をオープンにするのは、鉄道として存続するのか、それともバス転換するかなどの判断材料を提供したいという思いが見て取れます。
東京―岡山間に相当する線路が消えた!?
国の検討会に戻ります。国交省の資料から、1987年4月のJR発足時と、34年後の2021年4月の鉄道営業キロを比較します。JRグループ全体の営業キロは1987年が2万8キロ、2021年が2万444キロで、400キロ以上増えています。
1987年に開業していた新幹線は東海道、山陽、東北、上越の各新幹線だけで、北海道、北陸、九州の3新幹線は未開業。その分が増えたわけです。
一方、在来線は新規開業220キロ、廃止694キロで、廃止が開業を大きく上回ります。約700キロというと、新幹線でいえば東京から岡山のちょっと手前まで。それだけの距離に相当する線路が、日本から消えました。
初回の検討会には鉄道事業者代表として、JR東日本、JR西日本、近江鉄道の3社が出席して意見を述べました。前編では、JR2社の考え方を報告します。国交省が、地方鉄道・地方線区の存続や運営をどう考えるのかは、後日掲載予定の後編であらためて紹介したいと思います。
持続的に地域交通を担い地域活性化に貢献する(JR東日本)
JR東日本は、コラム前半で述べたように、コロナで内部補助の事業構造が成り立ちにくくなっていることを強調しました。地方ローカル線を存続させる経営努力として、設備スリム化に加え、観光キャンペーンやイベントで増収に努めますが限界もあります。
管内には東日本大震災で被災し、鉄道からBRT(バス高速輸送システム)にモード転換した気仙沼線や大船渡線の前例があります。とはいえ、ローカル線すべてをバス転換したいと考えているわけではありません。同社は、「今後も持続的に地域特性に応じた生活交通を担い、観光・生活サービス事業(関連事業)やMaaS・Suicaなど、当社の強みをいかして地域活性化に貢献したい」とします。
沿線自治体との対話を円滑に進める枠組みづくり
JR東日本の資料の最後に、「お願いしたいこと」の記載がありました。「お願いしたい」とは、JR東日本が国交省の検討会に「こういうことを検討してほしい」と提案する中身です。
JR東日本は、「今後も持続可能な形で地域公共交通を維持することを、きわめて重要な経営課題」と自認します。地方ローカル線の維持・再生は、「沿線自治体や住民の理解・協力を得ながら、持続可能な交通体系を地域と共同で構築する」が基本です。
その上で、国の検討会に「鉄道事業者と沿線自治体などが対話・協議を円滑に進めるための枠組みづくり」を求めました。沿線自治体や地域住民に「すぐ廃止されるのではないか」という感じで構えられてしまう、なかなか建設的な議論ができない事例もあるためです。
さらに、地方自治体が生活交通確保に主体的役割を果たすことを趣旨とする「地域公共交通活性化・再生法(通称)」に、鉄道事業者と沿線自治体との対話・協議を連動させることも今後の検討課題としました。
現状のまま鉄道を維持するのは非常に困難(JR西日本)
地方ローカル線に対するJR西日本の基本認識は、「輸送密度が1日あたり2000人未満の線区は、このままの形で(鉄道を)維持するのは非常に難しい」です。簡単にいえば、「利用客の少ない線区は存続できない」という〝SOS〟なのですが、詳細は国交省の考え方もあわせて後編にまわします。
JR西日本の資料に、2018年に廃止された島根・広島県の三江線の経過報告があったのに注目しました。三江線の輸送密度は2015年度データで1日58人。
おまけに2006年と2013年の豪雨災害では、全線で一定期間運転を見合わせ。JR西日本は、「被災と復旧の繰り返しでは、社会経済的合理性が得られない」として、沿線の同意を得て、2018年4月に鉄道を廃止しました。
ただ、JR西日本は地域の移動を放棄したわけではなく、地方版MaaSを三江線沿線の島根県邑南町で実践。マイカーを運転しない高齢者が、病院に通院したり買い物に出かけられる仕組みをつくりました。
自治体との対話に入るための明確な基準を
JR西日本の「検討会で議論してほしいこと」は、JR東日本とほぼ同じ中身ですが、「自治体の対話が円滑に開始できるよう、例えば『輸送密度1日2000人未満の線区』など、一定の明確な基準を設ける仕組みをご検討いただきたい」とします。本コラム前半で紹介した、長谷川社長の「線区単位の経営指標を公表する」に重なります。
検討会では、有識者委員から「単に『鉄道を残す』でなく、地域全体として移動手段を確保する施策を考えたい」「乗客の極端に少ない線区は、現状のままで鉄道を維持するのは困難」などの意見が出されたそう。前編はここまで。後編では、国交省や滋賀県の近江鉄道の取り組みを披露します。ぜひご覧ください。
記事:上里夏生