「ACOは僕らを試しているのかな」小林可夢偉、“厳しすぎるBoP”の現状を明かす/WEC第1戦

 WEC世界耐久選手権に参戦するトヨタGAZOO Racing(TGR)は、開幕戦セブリング1000マイルレース走行開始前日となる現地時間3月15日にリモート形式の会見を開き、アメリカ・フロリダ州のセブリングから7号車GR010ハイブリッドのドライバー兼チーム代表である小林可夢偉が、前週に行われたテストでの感触や、新たなBoP(性能調整)などについて語った。

 2022年のWECは、セブリング・インターナショナル・レースウェイでの1000マイルレース(3月18日決勝)で幕を開ける。これに先立ち、12〜13日には同サーキットで開幕前テスト“プロローグ”が行われたが、最高峰ハイパーカークラスに参戦するTGRはタイムシート上では苦戦。LMP2クラスの車両が上位を占める結果となっていた。

「セブリングは、他のヨーロッパのイベントと比べても雰囲気が違います。このアメリカのサーキットをWECのハイパーカーで走れるのは、個人的にもうれしい」とここ数年はIMSAでアメリカのレースに参戦してきた可夢偉は、GR010ハイブリッドの“アメリカデビュー”を喜ぶ。

 気になる現状のパフォーマンスについては「素直に、負けています。なので、レースになるとチーム力の強さ、そして絶対にミスしないことがまずは大事だと思っています」と語る。

■「おかしい」と声を上げるのではなく

 テストでの苦戦は、開幕戦向けに設定されたBoPに主な原因がある。

 昨年は『120km/h以上』(ドライ時)と設定されていたフロントのハイブリッド・モーター使用可能領域が、第1戦向けBoPでは『190km/h以上』へと引き上げられている。つまり、190km/h未満の領域では、GR010ハイブリッドは“エンジンのみの後輪駆動”の状態となる。

 昨年、ハイパーカーのデビューイヤーに全戦で優勝を果たし、タイトルも獲得したTGR陣営としては、今季はより厳しいBoPとなることを予想。オフの間のテストでも、これらの条件を予期しながら準備していたというが、「さすがに190km/hではテストしていなかったです」と、チームの予想をも上回る厳しいBoPが設定されたことを、可夢偉は明らかにした。

 これにより、現在セブリングでは「1コーナー(の脱出)でしか使えない(4輪駆動になっていない)」という。

 また可夢偉によれば、相対的には「2019年(のセブリング)と比べて3秒遅く遅くなるはずのLMP2が、2019年と同じラップタイムになっている」ことも、ハイパーカークラスとのタイム差がほぼない現状を生み出している。

「LMP2を抜くのに、非常に苦戦します。おそらく、LMP2のチームからクレームが来るんじゃないかと。LMP2がトップ争いをしているところに、僕らがリスクを背負って必死に抜きにいく状況になるので。LMP2のトップチームと比べると、アベレージなら僕らの方が若干遅いんですよ。タイヤや燃料の状況によっては彼らの方が速いときがあるから、彼らも僕らを抜くのに苦戦すると思います」

「僕らは(LMP2やノンハイブリッドのハイパーカーより)重い状態。軽いクルマはコーナリング速度が速い。そこからのコーナー脱出で、いままでは僕らは四駆があった(120km/hからフロントモーターが使えた)から速くて、レースでは追い抜きができていたけど、いまはそのアドバンテージがない。ルール上、単純に重くなってしまったという状態です」

今季よりTGR・WECチーム代表職も兼ねる小林可夢偉

 昨年リザルトを残したトヨタGR010ハイブリッドは、同クラスのグリッケンハウス007 LMHよりもBoPの理論上は遅くなるようにと現在の数値が設定されたと可夢偉は説明しているが、そのグリッケンハウスが「LMP2のダンゴの中に入ってしまっているのが、一番やっかいなところ」ともどかしい表情を見せる。グリッケンハウスがもう少しいいパフォーマンスを見せれば、トヨタのBoPも緩和され、2クラス間の差はより好ましい状態になるはずだというのだ。

「ACO(フランス西部自動車クラブ。ル・マン24時間とWECのオーガナイザー)自身も頭を抱えていると思います。このBoPで僕らがグリッケンハウスよりも速かったら、もうこれ以上どうしようもない。四駆(フロントモーター)を使えないようにするしかないけど、今だってひとつのコーナーでしか使っていない状態。正直、これ以上やれることはないんですよ」

 可夢偉は今回のBoPについて、“シリーズの将来を見据えてのテスト”という意味合いを持つものとも推測をしている。

「去年の感じからすると、『こんなに?』というBoPを、初っ端から食らっているので、ちょっと政治的な理由もあるのかなと、個人的には思います。2023年に他のメーカーが参戦してきたら、こんなことできないと思うんですよ。これだと、どこが勝つか(レース前に)分かってしまうようなアグレッシブなBoPのやり方なので」

「ACOはもしかしたら、僕らを試しているんじゃないかっていう目線でも、正直見ています。ここまでやったら、僕らがどういうパフォーマンスを出すのか、と。今後のBoPの作り方をどうしていくか、試しているのかな、と」

 とはいえ第1戦のレースは目前に迫っており、「まずはこの中でもできることをやる、それが僕らの仕事」とチーム代表を兼ねる可夢偉は前を向く。

「ここで『おかしい!』と言うのではなく、このなかでもできることをやるのが今後レースを戦ううえでの準備になると思う。まずは彼らが決めたルールの中で、やっていこうと思っています」

■タイヤサイズ変更は「全サーキットを走らないと分からない」

 既報のとおり、TGRは2022年シーズンに向け、GR010ハイブリッドにルール内で許される変更を加えた。

 そのひとつにタイヤ(ホイール)サイズの変更がある。昨年まで同様の4輪同サイズか、より細いフロントとより太いリヤの組み合わせ、どちらかを選択する必要があったトヨタは、後者を選んで2022年仕様としている。

 これにより「我々が昨年直面した後輪のマネジメントに関する課題に対処できることを期待している」とテクニカル・ディレクターのパスカル・バセロンは語っていたが、実際にプロローグまでのテストでは、どのような効果が得られているのだろうか。

「こればかりは、サーキットのレイアウト次第ですね」と可夢偉。フロントタイヤに厳しいサーキットか、リヤタイヤに厳しいサーキットかで、その効果は判断が分かれることになりそうだという。

「フロント・リミテッド(相対的にフロントが厳しい)のサーキットに行ってしまうと、前(フロント)が落ちるともう本当にどうしようもなくなるので、そういうサーキットは正直厳しい」

「ただ、リヤ・リミテッドのサーキットに行けば、リヤのキャパシティは増えているので、多少なりとも良くなっていると思う。現状は全サーキットを走れていないので、シーズンが終わってからでないと、これが正しかったかどうかは判断できないですね」

 この部分がセブリングでどう影響するかについては「そういう問題じゃなさそうです」と可夢偉。タイヤのデグラデーションが想定よりも少ない状態だというのだ。歓迎すべき事態ではあるのだが、「その原因がつかめていない」と釈然としない表情を見せる。

 ドライバーと同時にチーム代表を兼ねるという、かつてない立場で挑む2022年の初陣。BoPなど気掛かりな面はあるものの、まずは“強く・ミスのないレース”を目指して戦う可夢偉の手腕に注目したい。

タイヤとホイールサイズが変更され、ボディワークにも修正が入った2022年仕様のトヨタGR010ハイブリッド

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