全国準Vも「勝てたんじゃないかって」 女子野球屈指の右腕が新球習得で目指す頂点

女子硬式野球「ZENKO BEAMS」で主将を務める田中露朝(あきの)【写真:原田健太】

田中露朝は「ZENKO BEAMS」入社4年目、エースで主将を務める

「ZENKOの田中露朝(あきの)と申します。本日はどうぞ宜しくお願いします」

そう言うと、田中はお辞儀をしながら両手でスッと名刺を差し出した。女子硬式野球「ZENKO BEAMS」で主将を務める右腕は、社会人として警備業務を主とする企業「ZENKO」で働きながら、同社が2016年に立ち上げた女子硬式野球チームで活動。今年で入社4年目を迎え、社会人としての所作もすっかり板についてきた。

所属するZENKOは警備会社の他にも人材派遣会社、行政書士法人などで構成され、チームのメンバーは様々な業務を行う。田中は東京営業本部でのデスクワークが中心だが、時にはイベント警備などの現場に出向いたり、パラスポーツのボランティア活動を行ったり。「はじめは仕事を覚えるのがやっとで、仕事後の練習は体力的にきついこともありました。今でも大変なことはありますが、仕事で何かができるようになるとうれしいし、やり甲斐も感じますし。ようやく両立できてきたと思います」と浮かべる笑顔には充実感が漂う。

奈良県出身の25歳。父や兄の影響を受け、小学1年生から野球を始めると、地元中学では軟式野球部で男子部員と白球を追った。高校は女子硬式野球部のある京都・福知山成美高へ進学。その後、強豪・尚美学園大から2019年にZENKOに入社。これまで2度、日本代表として「WBSC女子野球ワールドカップ」での優勝経験を持つ。

チームではエースで主将、代表では2大会で全7試合に登板して無失点を記録。2018年のワールドカップ決勝では、憧れの存在でもあるレジェンド、里綾実(埼玉西武ライオンズ・レディース)との完封リレーでチャイニーズ・タイペイを下し、日本を大会6連覇に導いた。

日本トップレベルの投手となったが、ストレートとスライダーの2球種でここまでやってきた。スリークォーターに近いサイドスローから繰り出すストレートの切れ味は抜群で、得意のスライダーは女子球界屈指の変化球と称されるほど。「サイドスローだと腕に角度がつく分、スライダーが武器になりやすい。インコースに攻めたり、アウトコースを狙ったり、高校の頃から意識しながらやってきたことが良い結果に繋がって、ストレートとスライダーだけでやってこれたのかなと思います」と自己分析する。

「現役はあと何年しかない。新しい挑戦を始めました」

もっとも、一口でスライダーと言っても状況によって投げ分けはしている。「速いスライダーと少し遅いスライダーで緩急を使い分けたり、指のかかりの浅いスライダー、大きく曲げるスライダー……。スライダーの中でも投げ分けているので、キャッチャーは大変だと思います(笑)」。どの場面でどんなスライダーを投げるのか、捕手との呼吸を合わせるためにも普段からコミュニケーションは欠かさない。

これまではストレートとスライダーを巧みに組み合わせた配球で三振を狙っていたが、「簡単に三振を取れなくなってきてしまった」。そこで野球を始めて20年目を迎える今年は新球種を加え、打たせて取るスタイルにモデルチェンジを図ることにした。気になる新球種とは……。

「カーブを練習しています。曲がる球(スライダー)はあるので、落ちる球がほしいと思って。難しさを感じる時もありますが、年々レベルが上がってくる中で勝つためにはスタイルを変えることも必要。私も年なので(笑)、今シーズンは打たせて取るスタイルで、守備から流れを作りながら、野手のみんなに打ってもらいたいと思います」

以前にも新球種に挑戦したことはあったが、体への負担が大きく道半ばで諦めていた。だが、チームでは田中幸夏に次ぐ年長となり、「年も年ですし、現役はあと何年かしかない。できることをやろうと、体のケアを万全にしつつ、新しい挑戦を始めました」と胸を張る。

チームも今季から新たな一歩を踏み出した。昨年まで監督を務めた元日本ハム・阪神の岡部憲章氏は総監督となり、日本代表の中島梨紗監督が新監督に就任。ヘッドコーチには阪神などでプレーした星野おさむ氏を迎えた。

中島監督は現役時代、クラブチームの「侍」や女子プロ野球の「埼玉アストライア」で投手として活躍。日本代表としてワールドカップ5大会に出場するなど、女子野球発展を支えた立て役者の1人でもある。引退後は国内外で指導経験を重ねた。

監督自らノックバットを振りながら、それぞれのプレーが持つ意味を解説したり、選手に考えさせたり。選手たちの学びたいという姿勢が前面に現れ、練習は自然と活気づく。田中自身も「いろいろな知識が増えましたし、これからもっと増えると思う。みんなの知識が増えれば、さらにチームがレベルアップすると思うと楽しみでワクワクします」と大きな目を輝かせる。

女子硬式野球「ZENKO BEAMS」で主将を務める田中露朝(あきの)【写真:原田健太】

全日本女子硬式クラブ選手権準Vも「悔しいですよ。勝てたんじゃないかって」

新生チームで目指すのは、女子野球クラブ日本一を決める全日本女子硬式クラブ野球選手権での優勝だ。昨年は決勝までコマを進めたが、6-9でエイジェックに敗れて準優勝に終わった。「まさかの準優勝でした。いつも勝てないチームに勝ってしまったり、ラッキーが続いて」と謙遜するが、そこは勝負の世界に身を置く人物。たまたま勝ち進んだはずの決勝でも、負けたことは素直に悔しかった。

「悔しいですよ。勝てたんじゃないかって今でも思いますし、先発した自分にもっと体力や技術があれば全部投げ切れたかもしれないと後悔はあります。だからこそ、今年は優勝を目指して頑張りたいと思います」

主将を任されてはいるが「私は先頭に立って引っ張るタイプではない」という。選手ひとりひとりとコミュニケーションを図りながらチームをまとめていくのが田中露朝スタイル。守備から攻撃の流れを生み出す「打たせて取る」新たな投球スタイルは、その象徴となりそうだ。

田中自身にとっても、チームにとっても、新球カーブが1つのカギとなるだろう。日々磨きを掛けるカーブは「結構まとまってきているので、実戦で使いながら精度をあげていきたい」と手応えあり。同時に「しっかりとモノにして監督に褒められたいなと、実はこっそり思っています」と茶目っ気たっぷりに笑う。

仕事と野球を両立させながら歩む女子野球クラブ日本一への道。思い切って挑む新投球スタイルでチームをまとめ、頂点を掴んだ暁には、監督も最大級の賛辞をもって褒めてくれるに違いない。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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