ウクライナの悲劇と尖閣集中攻撃の悪夢|山岡鉄秀 ウクライナ人政治学者のグレンコ・アンドリー氏はこう述べている。「もう大きな戦争が起きることはないし、侵略されることもない、と皆信じていた」。だが、ロシアは「まさか」を実行した。NATOもアメリカも助けに来なければ、圧倒的な敵の軍事力に単独で立ち向かわなければならない。これが、台湾と日本の近未来の運命である――。

バイデンに見捨てられたウクライナ

ロシアの三方面からのウクライナ侵攻から、ウクライナ軍の意外な善戦が伝えられたものの、援軍が来ない限り、ウクライナ軍がロシア軍を打破して追い出すことは極めて困難である。

3月6日、ゼレンスキー大統領が自ら動画を配信し、
「ウィンニッツァ軍用飛行場は8発のミサイルで破壊された。西側諸国がわが国上空に飛行制限空域を設定し、ロシアのミサイルや航空機を排除し、我々に軍用機を提供してくれなければ、我々は助からない。あなた方は我々にゆっくりと殺されてほしいのか」と悲痛な叫びを上げた。

しかし、NATO(北大西洋条約機構)は飛行禁止区域の設定も軍用機の提供も拒否した。

要は、NATOの欧州諸国も、バイデンのアメリカも、兵器の供与はしても、軍事強国ロシアと直接戦いたくないということだ。見捨てられたウクライナにできることは、傭兵を募ることぐらいしかなかった。

NATOもアメリカも助けに来なければ、圧倒的な敵の軍事力に単独で立ち向かわなければならない。これが、台湾と日本の近未来の運命であり、まさに歴史的転換点を迎えた、と認識すべきだ。

2014年の政変で誕生したウクライナの親米政権はオバマ―バイデン政権に散々利用され、忖度し尽くした。オリガルヒからジョー・バイデンや息子のハンター・バイデンにもたっぷり金を渡した。その挙句に、いよいよロシアに攻撃されたら見捨てられてしまったのである。

しかし、実はその20年も前に、「ブダペスト覚書」と呼ばれる合意が形成されていた。

世界第3位の核大国だったが

「ブダペスト覚書」とは、1994年12月5日にハンガリーの首都ブダペストで開催された欧州安全保障協力機構(OSCE)会議において、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナが核不拡散条約に加盟したことを受けて、協定署名国であるロシア、アメリカ、イギリスがこの3国に安全保障を提供するという内容のものだった。中国とフランスは、別々の書面で類似した合意をした。

つまり、核保有国が、ソ連時代の核兵器を保有しているこれらの旧ソ連国に対して、「核兵器を放棄すれば、我々が責任を持って守る。領土と独立は保障する」と約束したわけだ。

当時、特にウクライナにはソ連時代の核兵器が大量に残っており、世界第3位の核大国であった。
ウクライナは求めに応じて核兵器をロシアに引き渡し、大幅な軍縮を実行していく。ある番組でご一緒したウクライナ人政治学者のグレンコ・アンドリー氏も、「もう大きな戦争が起きることはないし、侵略されることもない、と皆信じていた」と語っていた。

もし、これら核保有国、すなわち国連安全保障理事会の常任理事国が真剣に平和を希求するならば、「ブダペスト覚書」に基づいて、ウクライナを完全な緩衝地帯として保持すべきであった。

2014年にアメリカの支援を受けた政変で誕生した親米政権がロシアの黒海艦隊の追放を決めると、怒ったプーチンがクリミアを併合。これを見た東部の親露派住民も分離独立を求めて紛争となり、2015年にはイギリスとフランスを後見人とするミンスク合意が形成された。

この時点で、ブダペスト合意は実質的に崩れ去っていたが、今回のロシアによる全面侵攻で、ミンスク合意ごと完全に吹き飛んでしまった。

自ら武装解除してしまったウクライナは、結局、大国の帝国主義によって文字どおり破壊されてしまった。緩衝地帯としなければならない場所を、緩衝地帯として維持することを怠った大国の欺瞞は万死に値する。

史上最弱のバイデン政権のうちに

しかし問題は、誰も助けに来なかったという事実である。安全と独立を保障してもらう約束で核兵器を引き渡して軍縮したのに、声高に叫んでも誰も助けに来てくれないのだ。味方のはずの国々は、武器や弾薬を供給するから自分で頑張って戦え、と言う。しかし、抵抗すればするほど苛立つロシアが、より強力な兵器を使用する悪循環に陥る。

なぜ、誰も助けてくれないのか。
それは明白だ。アメリカもNATOも、強い相手、特に核保有国とは戦いたくないのである。
では、国連軍はなぜ編制されないのか。

安全保障理事会の常任理事国が自ら侵略戦争を始めたのだから、お話にならない。国連は完全に機能不全に陥っている。もちろん、ロシアと直接戦うことになれば、第三次世界大戦に発展してしまう危惧があるのは事実だ。

これではっきりわかったことがある。アメリカ、少なくともバイデン政権は、東アジアで中国と正面から戦う気はない。それが明らかになった以上、ウクライナのパターンが東アジアで再現される虞れが高まったと言える。もちろん、ロシアに代わる侵略者は中国であり、侵略される側は台湾と日本だ。

ウクライナとの違いは何であろうか。

台湾はウクライナと違い、遥かに小さな島国だ。しかし、ウクライナ人はまさか全面侵攻を受けるとは思っていなかったのに対し、台湾は中国からの攻撃を現実的な脅威と捉えており、台湾の呉釗燮外交部長は「中国との戦力差は明らかだが、我々は非対称戦を実行する」(2021年10月5日、ABC Australia)と公に述べている。

米台間に安全保障条約はないが、アメリカは台湾関係法を持ち、台湾に軍事顧問団を派遣し、積極的に武器の供与をしている。中国はロシアと同じように、大規模なサイバー攻撃を仕掛けてから弾道ミサイルを撃ち込んでくるだろう。

しかし、台湾を占領するには相当激しい地上戦が予想される。アメリカ軍が直接戦闘に参加しなくとも、マラッカ海峡を封鎖してしまえば、中国の経済活動にも甚大な影響が及び、中国国内の不満と混乱が一気に高まるだろう。世界中から経済制裁を受けるであろうことも今回と同じだ。

したがって、中国にとって台湾侵略は大変なリスクを伴う冒険となるが、ウクライナでロシアが目的を完遂すれば、自分たちも史上最弱のバイデン政権のうちに行動を起こすべきだという誘惑に駆られる可能性は十分ある。いや、すでに計画しているかもしれない。

極めて危ない、尖閣諸島

一方、日本は日米安保条約に基づき、日本中に米軍基地が置かれているので、沖縄を含めた日本本土への直接攻撃は現実的ではない。ここがウクライナと大きく異なるところだ。しかし、そこで極めて危ないと私が考えるのが、尖閣諸島だ。中国が敢えて、尖閣諸島だけに照準を絞って侵攻してきたらどうなるだろうか。

アメリカ軍は絶対に助けに来ないだろう。ウクライナを助けないのに、無人島の尖閣諸島を守るために、アメリカ軍が直接中国軍と戦火を交えて人員を消耗することはあり得ない。

バイデンは、「自ら防衛のために戦わない国のためにアメリカ兵が血を流すことはない」という趣旨の発言をしている。アメリカ政府は、尖閣諸島を日本の領土と正式に認めていないし、紛争地と認識していればなおさら米軍の派遣はない。アメリカの世論も賛同しないだろう。一般のアメリカ人は、尖閣諸島がどこにあるか見当もつかない。

一方、日本の歴代政権は、尖閣諸島が日米安保条約の第5条に含まれることをアメリカ政府に確認しては喜んでいる。日米安保条約第5条とは何であろうか。

第5条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

この5条は一般に、アメリカに日本防衛を義務付けたものと理解されているが、どちらかが攻撃された場合、共通の脅威として共同で対処する、つまり、集団的自衛権を発動すると解釈できる。

したがって、中国の尖閣諸島侵略に際しては、当然ながら日本が自ら防衛努力を行い、アメリカはこれに協力することになる。アメリカが主体的に戦うとか、アメリカが正面で戦うのを日本が後方から手伝うとは書いてない。無人島の尖閣諸島が侵略されても、アメリカは何らかの援助をするのに留まる可能性が高い。

米民主党は、無人の岩礁地帯を守るための派兵や戦闘への参加を否定する論調を国内で拡げ、主流メディアやビッグテック(世界で支配的影響力を持つIT企業群)もそれを拡散するだろう。中国が、アメリカ軍が干渉しない限りアメリカ軍を攻撃しない、と宣言すればなおさらだ。

ウクライナが教えてくれた日本存続の危機

しかし、尖閣諸島が中国の手に落ちると、日本にとっても台湾にとっても大きな脅威になる。中国は直ちに尖閣諸島を軍事基地化し、台湾への攻撃能力を高めながら、いつでもシーレーンを封鎖する姿勢を見せて、日本に対してより強硬な態度で臨んでくるだろう。

バイデンのアメリカはどう反応するか。

最悪の場合、あくまでも中国と戦いたくないアメリカは、中国に対して「シーレーンの妨害はしないこと」などを条件として提示し、第二列島線、または第三列島線に退却していく可能性がある。これは、アメリカの世界覇権が終わることを意味する。

日本は国内の米軍基地の保持に必死になるだろうが、中国は親中政治家たちに命令し、日米安保条約の解消に向けて圧力をかけてくるだろう。

一方、アメリカは、日本に独自に核武装するか、アメリカの核兵器を共同保有する「ニュークリア・シェアリング」を勧め、日本の自存自衛を促しながら自らの軍事的コミットメントをグレードダウンしていくことが予想される。

こうなれば、日本はいよいよ腹を決めて台湾と運命共同体の防衛戦争を決意するか、判断を遅らせるうちに中国から軍事侵攻を受け、ウクライナと同じ運命を辿ることになる。

誰にも頼らず、自国は自分で守る。その決意を示せず、自らの安全を外国に委ねる国の末路をウクライナが教えてくれている。日本存続の危機は、もう目の前に迫っている。

著者略歴

山岡鉄秀(Tetsuhide Yamaoka)

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