水星探査機88億キロの旅、ようやく中間地点に 到着まで7年、なぜこんなに長くかかるの?

水星探査機「みお」を載せて発射されたロケット=2018年10月、南米フランス領ギアナのクールー宇宙基地(共同)

 太陽系の惑星で最も内側にあるのが水星。広く知られた天体だが、実は過去に探査に成功したのは米国だけだ。地上からも観測がしにくく、いまだ厚いベールに包まれた謎多き惑星でもある。その正体を解き明かすべく、2018年に日本と欧州の探査機が水星へと出発した。25年12月の到着まで、7年がかりで88億キロもの距離を飛行する長旅だ。その旅路がようやく中間地点に。科学探査のとりまとめを担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)の村上豪さん(38)に話を聞いた。(共同通信=須江真太郎)

 ▽3年半前、南米・ギアナから打ち上げ

 水星を目指す日本の探査機は「みお」。みおは18年10月、南米フランス領ギアナの宇宙基地から、欧州宇宙機関(ESA)の探査機「MPO」とともに打ち上げられた。村上さんは大学院生時代から15年以上にわたり計画に参加。チームの一員として、打ち上げ本番もギアナで見守った。

JAXAが報道陣に公開した水星探査機「みお」=2015年、相模原市

 記者(41)も当時、取材で現地を訪れた。南米大陸の北東部、大陸の「肩」のような部分にあるフランス領ギアナ。日本はもちろん、本国であるフランスからも遠く離れた場所だ。記者は日本からフランスに入り、まずそこで1泊。翌日、オルリ空港からギアナの中心地、カイエンヌへと飛び立つ。フランス“国内”とはいえフライト時間は9時間ほどかかることも。日本からほぼ丸2日かけてたどり着いたときはへとへとだった。

 ギアナの宇宙基地は大西洋に面した場所にある。欧州のロケット打ち上げを担う同基地の入り口には、各国の国旗がずらりと並ぶ。まとわりつく暑さと抜けるような青空はまさに南国の風情。打ち上げ見学場もテラスのようなしつらえで、どことなくリゾート気分だ。

 ロケットの打ち上げは午後10時45分。夜になると日中の暑さとは打って変わってさわやかな風が吹き抜け、一気に過ごしやすくなった。国際探査ということもあり、各国からの関係者が勢ぞろい。皆が見守る中、夜空を切り裂いて飛び立つロケットの迫力に圧倒された。

 打ち上げ後に村上さんが「上がった瞬間、言葉もでなかった」と感極まった様子だったのが印象に残っている。これほど力強く飛び立った探査機が、水星にたどり着くのは2025年と聞いてまた驚いた。どのような旅路をたどるのか、見届けたいと強く思った。

水星探査機「みお」とともに飛行する欧州の探査機が撮影した地球(欧州宇宙機関提供)

 ▽打ち上げ後、一気に駆け抜けてきた

 それから3年あまり。新型コロナウイルスの流行が落ち着いた機会を狙い、21年秋に村上さんと再会することができた。久しぶりに会った村上さんは「ここまで一気に駆け抜けてきたという感覚が強い。ついこの前のようにも思えるし、一方でその間にもいろいろなことをやってきたので、『もう』と『まだ』の両方がある」と話す。

 探査機が水星に着くまでには7年もかかる。飛行中、チームはどのような体制を組んでいるのか。村上さんは「20年春ごろまでは、搭載機器の確認など特に重要な運用をしていた」と説明する。「確認作業では、その都度探査機に指令を出して、リアルタイムで作業をすることが基本になる」。現在は少し異なり、計画に沿って事前に指令を打ち込み、本番では動作を見守るという方式が多くなっているという。

JAXAの村上豪さん=2021年11月15日、相模原市

 順調に航行を続けるみおだが、緊張した瞬間もあった。みおは磁場を計測する2本のマストなどを持っている。打ち上げ時は振動による影響を避けるため折りたたんでロックをかけており、飛行中に解除する。「ところが打ち上げ直後の18年秋に予定していた作業がうまくいかず、一度やり直しとなった」

 再挑戦をしたのは19年8月。観測と機体安定の要となる装置だけに「緊迫する瞬間だった」という。成功した時には「一緒に見守っていたドイツ側のメンバーとともに歓声を上げた」と顔をほころばせる。

 ▽惑星の重力を利用する省エネ航法

 水星探査がこれほど長旅になるのは理由がある。太陽の重力の影響により、直接的に水星へと向かおうとすると膨大な燃料が必要になる。一方で探査機に搭載できる量は限られる。そこで惑星の重力を利用する航法「スイングバイ」を繰り返すことで、時間はかかるが“省エネ”で水星へと向かう方法を選んだ。

 出発から丸3年となる21年10月、みおとMPOは水星のごく近くに迫った。水星で初めてスイングバイを実施、表面から約200キロまで近づいた。MPOの機器で画像の撮影にも成功、水星の地形がくっきりと浮かび上がった。「これだけ地形がはっきりみえるところまで飛行したのかと思うと感慨深くて、本当に水星に近づいたんだなと実感した」と話す。

 スイングバイでも緊張する瞬間があった。村上さんは「重要になるのは高温対策」と強調する。水星に近づけば太陽にも近づくため、当然温度は上がる。「普段は太陽光シールドによって高温から機体を守っているが、スイングバイの際は水星からの照り返しによる影響も受ける」

 今回のスイングバイでは、太陽光発電用のパネルが80度以上も高くなった。「もちろん事前にシミュレーションをしているが、当日はメンバーもかじりつくようにして、どきどきしながら温度の上昇を見守った」と当時の気持ちを振り返る。

 ▽「不思議な形状」の磁場

 水星でのみおの狙いは何か。みおは「磁気圏探査機」という。その名の通り、水星を取り囲む磁場やプラズマ、大気などを観測するものだ。水星には地球の100分の1というごく弱い磁場がある。磁場は中心がずれており、北半球に偏っているという不思議な形状をしているらしい。南北がほぼ対称になっている地球とは異なる特徴だ。

 だが過去の探査機では南半球を十分に観測できなかった。そもそも、水星がなぜ磁場を持てたのかについても謎が多い。村上さんは「みおは南北の軌道で水星を周回するので、データを取ることができる。なぜこのような磁場なのかを明らかにしたい」と意気込む。

 さらに村上さんが注目点としてあげるのが、低エネルギーの電子とイオンの同時観測。地球の磁気圏ではどちらも似たような動きをするのに対し、水星ではそれぞれの振る舞いが大きく異なるとされている。「同時観測は米国の探査機もやっておらず、史上初めての試み」。水星の磁場に関する新たなモデルができるという。

 ▽太陽に挑む

 みおが挑むのは水星だけではない。3月からは太陽風の長期観測を始めた。日本の探査機がこれほどまでに太陽に近づき、太陽風を直接観測するのは初めてのこと。水星を目指し太陽の近くに来たからこそのチャンスを逃さない、チームのアグレッシブな姿勢が新たな挑戦を生み出した。

 なぜこの時期にやるのか。村上さんは「太陽から比較的近い上に、地球とやりとりできるデータ量が増えるという好機会」と説明。さらに現在は太陽の活動が活発な時期で、太陽フレアの爆発が時折起こる。観測は2カ月間の予定で、面白いデータが取れそうだと期待が高まる。

 しかも現在、米航空宇宙局(NASA)のパーカー・ソーラー・プローブと欧州宇宙機関(ESA)のソーラーオービターも太陽探査をしている。「日本を含めて同時期に3基もの探査機が太陽の近くにあることになり、今までになかったことだ」と語る村上さんの瞳は輝く。太陽風の専門家とも意見交換して取り組みをさらに広げている。

水星探査計画「ベピコロンボ」で、探査機により撮影された水星(欧州宇宙機関提供・AP=共同)

 ▽宇宙開発にも影を落とすコロナ禍

 いま、世界を大きく揺るがす新型コロナウイルス。日欧合同で進めている水星探査も無縁ではいられなかった。村上さんによると、新型コロナの流行前は、年に2回大きな会議を対面で開いていた。また探査機の運用に際しては、打ち上げ後にも頻繁にドイツへ行っていた。いずれもいまは難しい状況だ。

 「幸運だったのは、20年4月に地球スイングバイを実施し、初期に行う機器の動作確認など重要な作業がほぼ終了していたこと」と村上さん。流行が本格化した際には、リモートで対応できる状況になっていた。

 もともと海外とのやりとりが多いため、ウェブ会議はお手の物。実際に移行しても支障はなかった。ただオンラインへの一通りの移行が終わると、できることとできないことが分かってきたと村上さんは振り返る。

 研究者同士が互いにデータを見比べて、意見を言い合う。「そういうところからいろいろな研究の『タネ』が芽を出してきて、新しい探査につながっている」。例えば会議の休憩時間、「コーヒーブレイク」では文字通りコーヒーなどを飲みながら雑談をかわす。それはオンラインでは難しい。「そろそろ対面でないとしんどいね、というのがチームの総意」。対面での会議が再開される日を心待ちにする。

 ▽旅は続く

 日本で「みお」計画が動きだしたのは、なんと1997年のこと。宇宙科学研究所=当時=でワーキングループを結成。日本単独から欧州との合同飛行になるなどの紆余曲折を経て、2008年に国の了承にこぎ着けた。計画開始から打ち上げまで21年、到着まで7年という遠大な探査だ。

JAXAが開発した水星探査機「みお」のイメージ(JAXA提供)

 モチベーションを保つこつについて村上さんは「節目をきちんと設け、メリハリを付けることが大事だ」と強調する。その一つがスイングバイ。地球、金星、水星で計9回行うため「スイングバイに向けてペースの配分ができる」という。

 JAXAの惑星探査では最長となるみお。まだ水星への旅は続くが、「一段一段、階段を上っている実感がある」と村上さん。水星到着までの間に、どこまで成果としてだせるかが腕の見せどころになってきたと気合を込める。「チームとして、しっかりと結果を世の中に出していきたい。一段と身の引き締まる思いだ」

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