満州での逃避行や別れ 自叙伝「生獄」発刊

柏さんの自叙伝「生獄」を手に、寄付を呼び掛ける谷口さん(右)と森さん=五島市内

 旧満州から引き揚げ、民間の立場から中国残留孤児の帰国に尽力した新上五島町出身の作詞家、柏実さん(82)=東京在住=の自叙伝「生獄(しょうごく) 満州国引き揚げ記録」(長崎新聞社発行)が出版された。
 柏さんは、旧若松村神部で生まれて間もなく、両親と姉2人と満州に渡り、終戦を迎えた。父は戦地に赴いたまま生死は不明、母は終戦の翌年死亡。満州で生まれた妹と弟とは生き別れた。引き揚げ後、若松中を卒業し単身上京。町工場で働きながら歌謡曲の作詞家として活動を始め、数々の作品を手掛けた。
 約50年前、長野県の住職で、残留孤児の肉親捜しをしていた山本慈昭氏(故人)と出会い、民間組織を設立。中国政府への嘆願書送付や日本政府との交渉に奔走し、現地調査活動で中心的役割を担った。1981年に初来日した47人をはじめ、多くの残留孤児の帰還に力を注いだ。
 「生獄」は、柏さんが戦争の愚かさ、平和の尊さを後世に伝えようと2009年に初版が出版され、今回復刻した。引き揚げ中、旧ソ連兵や「匪賊」の略奪・暴行から母や幼いきょうだいを守り、逃げ惑った日々を「生き地獄」と振り返り、肉親との思い出や別れを中心に克明に記述。現地調査活動の記録もつづった。
 柏さんは取材に「満州では悲惨な体験ばかりだったが、それが戦争の現実。歴史を知って戦争について考えてほしい」と語る。
 同郷の柏さんの体験を広く伝えようと、新上五島町若松郷の会社顧問、谷口稔さん(78)と若松出身の森勝昭さん(75)=長崎県五島市=が復刻に尽力。現在顕彰碑の建立を目指し、一口2千円から寄付を募っている。谷口さんは「民間人として強い信念を持って行動した功績を多くの人に知ってもらいたい」と話す。
 四六判。276ページ。1650円。県内の書店などで販売中。顕彰碑に関する問い合わせは谷口さん(電090.4514.3729)。

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