ダイアナ妃をクリステン・スチュワートが好演! アカデミー賞で大逆転なるか?『スペンサー ダイアナの決意』

『スペンサー ダイアナの決意』© 2021 KOMPLIZEN SPENCER GmbH & SPENCER PRODUCTIONS LIMITED

「実在の人物を演じる」一世一代のチャンス

実在の人物を演じることは、多くの俳優が一度は経験したいチャレンジである。映画を観る側にとって、その演技力、表現力が判断しやすい。モデルとなった人物が有名であればあるほど、その対象にどれだけ近づくことができたのか、一瞬で判断できるからだ。

その意味で、毎年のようにアカデミー賞には実在の人物を演じた俳優が何人もノミネートされ、受賞も続いている。

近年の受賞者だけを振り返っても、ラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』のフレディ・マーキュリー)、ゲイリー・オールドマン(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』のチャーチル)、レネー・ゼルウィガー(『ジュディ 虹の彼方に』のジュディ・ガーランド)、オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』のアン女王)……と、次々と挙げることができる。

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2022年(第94回)も、主演女優賞と主演男優賞のノミネートで、それぞれ3人が実在の人物の役。じつに60%の割合である。その計6人の中で、最も一般的に有名な人物といえば、イギリスのダイアナ元皇太子妃ではないか。1997年に交通事故で亡くなってから、すでに25年。当時、幼かった息子たちも結婚し、その時間の長さを実感しつつ、ダイアナの姿は永遠に人々の脳裏にやきついているはず。そんなダイアナを映画で再現するとなれば、俳優にとって一世一代のチャンスなのは間違いない。

今回ダイアナを演じたのは、クリステン・スチュワート。『パニックルーム』(2002年)の子役で早くから実力を発揮し、「トワイライト」シリーズ(2008〜2012年)でトップスターとしての人気を誇った後も、『チャーリーズ・エンジェル』(2019年)のような大作に出演しながら、演技力が試される作品にも積極的に出演してきた。そのキャリアからは、人気に甘んじようとしない俳優の野心が感じられる(同じく「トワイライト」でブレイクしたロバート・パティンソンにも通じる)。

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ストレートな伝記ではない『スペンサー ダイアナの決意』

クリステンにとって、ダイアナを演じる前に、ひとつの大きなステップがあった。2019年の『セバーグ』で、ジーン・セバーグを演じていたのだ。ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』(1959年)の主演などで、時代のアイコン的俳優となったジーン・セバーグが、その社会的活動からFBIに目をつけられ、精神的に追い込まれていく姿を描いた一作。このセバーグ役でクリステンの演技は高く評価され、今回、さらに一般的にメジャーな存在であるダイアナ妃への挑戦につながった。40歳でこの世を去ったセバーグ(自殺とされる)と、ダイアナ妃の悲劇の運命が重なる点にも、偶然とはいえ、俳優のキャリアの流れを感じさせる。

しかし『セバーグ』と違って、この『スペンサー ダイアナの決意』は、ダイアナ妃の悲劇を克明に再現する作品ではない。映画の冒頭に「寓話」と宣言されるように、基本はフィクションだ。チャールズ皇太子とダイアナ妃、2人の息子たちが、クリスマスを祝うためにエリザベス女王の私邸で過ごす数日間が描かれる。チャールズの不倫騒動などもあり、ダイアナとの関係は明らかにぎくしゃくしており、「おそらくこうだったであろう」というドラマが展開していくのだ。

監督のパブロ・ララインは、2つ前の『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016年)でも、ジャクリーン・ケネディという歴史に残る女性を題材にした。今回の『スペンサー』と同じく『ジャッキー』で描かれるのも数日間(ケネディ大統領暗殺から葬儀まで)。主人公の激動の運命に迫るというより、限定的なエピソードから人物像を浮き彫りにしていくスタイルに徹する。

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“なりきらない”クリステン・スチュワートの演技アプローチ

基本的に淡々と進むストーリーだが、英国王室の日常はどこか異世界のようで、われわれ観客も、周囲との隔たりを感じ、異分子のように存在するダイアナの気持ちと一体化していく。チャールズへの不信感と、息子たちへの愛との葛藤、女王への尊敬も素直に表せない屈折感……。そこに潔癖症や拒食症、そして父親への思い(タイトルの『スペンサー』は結婚前のダイアナの苗字)も絡み、追い詰められるダイアナの姿は切実だ。

そうした状況に対し、クリステン・スチュワートはどんな演技アプローチをしたのか? やや過剰なダイアナの行動に対しても、劇的な表情の変化は極力抑え、精神的混乱を内に秘めるという、かなり高等テクニックを選択している。王室という独特の世界なので、このアプローチはじつに正しい。では、どこまでダイアナにそっくりなのか? クリステンとダイアナの外見は似ているような、そうでないような微妙なライン。さりげない表情や、映像のアングルなどで、何度かハッとするほど似ている瞬間が訪れる。無理矢理モデルに似せようとするあざとさは感じられず、演技と演出でナチュラルに近づけた印象だ。ちなみにヘア&メイクアップを担当したのは、日本人アーティストの吉原若菜。彼女は、同じく今季のアカデミー賞をにぎわす『ベルファスト』でもヘア&メイクアップを担当している。

そして映画の中で、クリステンとダイアナがひとつになる瞬間が訪れる。それはあるシーンで、あの有名な長い裾のウェディングドレスのほか、多くの人が記憶する数々のファッションに身を包んだダイアナが登場するからだ。フィクションのドラマが、深い部分で現実とリンクするそのシーンで、この作品が実在の人物を演じた成功例だと、誰もが確信することだろう。

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大逆転受賞なるか? アカデミー賞主演女優賞ノミネート

全編にわたって「超そっくり」「迫真の熱演」というわけではない。また、フレディ・マーキュリーやジュディ・ガーランド役のように、歌唱力で勝負するわけでもない。かなり繊細な部分でダイアナに挑んだクリステンの演技が、アカデミー会員にどう評価されるのか注目したい。

また『スペンサー ダイアナの決意』は、今回のアカデミー賞ではクリステンの主演女優賞だけがノミネートされた。一見、不利のようだが、この主演女優賞は他の部門にあまり左右されないという特徴がある。これまでも『アリスのままで』(2014年)のジュリアン・ムーアや、『モンスター』(2003年)のシャーリーズ・セロンらが、主演女優賞だけのノミネートにかかわらず、同賞への受賞へと至っている。今回の他の主演女優賞ノミニーも、対象作がどれも作品賞ノミネートされていなかったりと、この部門はかなり独自の結果となるのだ。

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重要な前哨戦で、アカデミー賞と投票者が多く重なる、全米俳優組合賞と英国アカデミー賞では、クリステンはノミネートの5人からも漏れてしまった。しかし最大のクライマックスとなるアカデミー賞ではノミネート入りしたことで、大逆転が期待されるのである。

文:斉藤博昭

『スペンサー ダイアナの決意』は2022年秋公開

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