クロエ・グレース・モレッツvsグレムリン
『シャドウ・イン・クラウド』の舞台は第二次世界大戦真っ只中の1943年、ニュージーランド。同国オークランドの飛行場ではB-17爆撃機<フールズ・エランド号>の離陸を巡って悶着していた。突如、英国下士官モード・ギャレット(クロエ・グレース・モレッツ)が乗り込んできたのだ。
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彼女の任務は“最高機密の小包”をサモア諸島へ運ぶこと。しかし、男ばかりの乗組員にとっては、最高機密を持った女性飛行士を搭乗させるなど鬱陶しいだけ。だが任務優先の使命を受けたモードには逆らえない。男たちは彼女を銃座に押し込み、フールズ・エランド号はなんとか離陸する。
あとはサモア諸島へ飛ぶだけ……と思いきや、高度を上げるたびにモードに困難が襲いかかる。無線から聞こえる男たちの卑猥な罵りだけならまだよかった。油圧ケーブルは緩み、砲塔のフロントガラスにはヒビ。命に関わる不具合が次々と発覚。さらに彼女は主翼を破壊しようとしている怪物=グレムリンを目撃。必死にグレムリンの存在を伝えようとするモードだが、誰も信じてくれない。加えて日本軍の襲来により機内はパニックに! 果たしてモードは無事任務を遂行できるのか?
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脚本家はジョン・ランディスの息子マックス
映画の前半は、銃座に座ったモードが無線で男たちと会話するシーケンスのみで構成されている。よそ者、しかも女性であるが故、男たちから軽視され、何を訴えても信じて貰えない。彼女の座る銃座が、まるで空飛ぶガラス張りの棺桶のようだ。
閉所感、精神的圧力、孤立、“最高機密の小包”の謎を巧く活用した会話劇は『頭上の敵機』(1949年)と『トワイライトゾーン/超次元の体験』(1983年)の最終エピソード「2万フィートの戦慄」を巧くミックスしたような緊張感のある演出で好感がもてる。中でも、すべて“ヒステリー”で片付けられてしまう様は「2万フィートの戦慄」でグレムリンの影を目撃し困惑する主人公そのまま。これは、本作の脚本がマックス・ランディスであることを考えると、意図的なものであるように思える。
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なぜならマックスは、あのジョン・ランディス監督の息子なのだ。代表作『ブルース・ブラザーズ』(1980年)、『大逆転』(1983年)の他にジョン・ランディスは『トワイライトゾーン/超次元の体験』の第一話「偏見の恐怖」の監督をしていた。これは有名な事件なのでご存知の方も多いと思うが、同作は撮影中に名優ビッグ・モローが事故で死亡し、裁判沙汰に発展する事態となった。ゆえにランディス家にとって『トワイライトゾーン/超次元の体験』は特別な存在であろう。
だから、このグレムリンの扱いが意図的でなかったとしたら相当な皮肉だ。ちなみにマックス・ランディスは、女性蔑視発言で舌禍事件に巻き込まれている。その点を踏まえ、本作でモードが男たちから受けるミソジニーまみれの罵詈雑言を考えると、まったく洒落になっていない。笑えない冗談なのだ。
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シリアスな会話劇からノンストップ(ヘンテコ)アクションへ
しかし、彼のストーリーテリングの才能は確かだ。それは中盤以降に明白となる。前半のシリアスな会話劇から一点、スリリングなアクション映画となり、最終的にはスリリングを通り越して
「そんなわけあるかい!!」
と心の底から突っ込みたくなるような、ヘンテコ・アトラクション映画となっていく。シリアスな戦争映画なのに『元カレとツイラクだけは絶対に避けたい件』(2020年)のようにどこかノーテンキな雰囲気、それでいて男たちが次々と犬死にしていく様は、まさに“フールズ・エランド=馬鹿の使い”だ。
マックス・ランディスが無茶な脚本家であることを強調してしまったが、映画は絶妙なバランスを保っている。また、冒頭に流れるグレムリン=無能な男性と指摘するアニメ、エンドクレジットに流れる従軍女性の記録映像、この2点に着目すれば映画のテーマは明白だ。有害なマチズモにさらされる女性と、それを是とする過去の社会的ミソジニーに対する皮肉なのだ。
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さらに、ラストシーンを見るにつけ「ヒットガールも大人になったんだなあ」と思わせつつ、今も変わらず彼女がアクション女優としても活躍できることを確信させてくれる。彼女もそう意識しているのか、インタビューでこう答えている。
「撮影で空中に吊り下げられるとね、痣ができるんだ。『キック・アス』(2010年)の時に覚えたんだよ」
文:氏家譲寿(ナマニク)
『シャドウ・イン・クラウド』は2022年4月1日(金)より新宿ピカデリーほか公開