ストーカー化した男が元交際相手とそのパートナーを殺傷、どうすれば防げる? 逮捕、GPS、治療…決め手なく、三重・四日市の事件

交際中の男女が刃物で襲われ死傷する事件が起きた三重県四日市市の現場=3月

 三重県四日市市で1月、交際中の男女が襲われ、男性が死亡、女性も大けがを負う事件が起きた。女性とかつて交際していた男は事件直後に焼身自殺したとみられ、津地検は4月、容疑者死亡で不起訴とした。ストーカー化した元交際相手による同様の事件は珍しくない。県警はそれらを教訓に「所要の措置を取った」(幹部)が、惨劇はまたも防げなかった。どうすれば良かったのか。警察、事件の被害者、ストーカー。それぞれの立場を熟知する専門家3人に見解を聞いた。(共同通信=古瀬裕太)

 ▽非通知の着信「今までありがとう」

 県警の発表や捜査関係者への取材で明らかになった経緯はこうだ。

 1月25日午後9時ごろ、四日市市に住む女性(43)の携帯電話が鳴った。非通知設定。女性が出ると、男の声で一言「今までありがとう」と告げられた。電話の主に心当たりはあった。昨秋まで交際していた元彼(36)に違いない―。

 女性が自宅周辺を見回ると、不審な軽トラックを発見。女性が追いかけ、車から降りた男と路上でもみ合いになっているところに、新たなパートナーである伊藤信幸さん(54)が駆け付けると、男は車内から包丁を取り出し、2人を次々に刺した。

 男は伊藤さんの車を奪って逃走し、殺傷事件の現場から約10キロ離れた市内の自宅アパートに灯油をまいて火を付けた。県警は伊藤さんの110番を受け、「ストーカー行為者」として登録されていた男の自宅に急行した。しかし、到着時には既に火の手が回っており、男は焼死。遺体に油をかぶったような跡があり、ベランダからは焼けたポリタンクが見つかった。

ベランダで焼死体が見つかった、火災があったアパートの一室=1月、三重県四日市市

 伊藤さんの死因は、肺にできた傷による失血だった。背中の刺し傷が肺に達したとみられている。切り傷は頭や首にも。血の付いた刃渡り約15センチの包丁2本が現場から押収されている。

 ▽「もう関わらない」と誓った11日後に…

 前兆はあった。

 昨年9月ごろ、女性は男と別れ、伊藤さんと交際。男は同12月、伊藤さんの自宅に止めてあった2人の車をパンクさせるなどした。新たなパートナーができたことを男に伝えた記憶はなく、男は何らかの方法で情報を得たとみられる。

 県警が最初に取った措置は、ストーカー規制法に基づく口頭での警告だった。しかし、男は警告を受けた翌日にも女性の車のナットを外す嫌がらせをしたため、県警は器物損壊容疑で逮捕した。

三重県警本部

 罰金50万円の略式命令を受けて釈放された今年1月14日、県警は同法に基づき、警告よりも重い禁止命令を出した。「今後2人に関わらない」。男はこう誓ったものの、わずか11日後に殺傷事件は起きた。

 ▽対策は「避難」、でも簡単ではない

 警察の一連の対応に瑕疵はなかったのか。

 福岡県警本部長、警察大学校長などを歴任した京都産業大教授(警察行政法)の田村正博さんは、器物損壊容疑での逮捕について「事件の背景を考慮した上で、やれるだけのことはやったのだろう」と評価する。

 

京都産業大教授の田村正博さん

 警察がストーカー規制法に基づく警告や禁止命令を出しても従わないケースは一定数あり「新たな事件を完全に防ぐことは難しい」と話す。

 県警は女性に自宅からの避難も勧めていたが、女性は応じなかったという。

 ストーカー問題に取り組む「NPOヒューマニティ」(東京)の理事長で、自身もストーカー被害に遭った経験を持つ小早川明子さんは、女性が男に所在を知られた自宅に、嫉妬の対象である伊藤さんととどまったことが、男の行動をエスカレートさせた可能性があるとみる。「逃げ続けることは難しくても、禁止命令が出た直後など、加害者側がストレスを抱えていそうな時期は避難した方がいい」と助言する。

 

松井克幸さん=1月

 ただ、転居は容易ではない。強盗殺人事件で妹を亡くし、現在は「ぎふ犯罪被害者支援センター」(岐阜市)理事として被害者や遺族を支援する条例の早期制定などを訴える松井克幸さんは、一般論と断った上で「簡単に避難や引っ越しはできない。警察は被害者が安心して避難できる具体的な方法を検討する必要がある」と強調する。

 ▽GPS端末による監視の可能性は

 ストーカーによる凶悪事件を防ぐために、衛星利用測位システム(GPS)を活用する案もある。

 田村さんは、仮釈放中の性犯罪者にGPS端末を装着して監視する制度が検討されていることを念頭に、「ストーカー行為についても同様の議論はあり得る」と指摘。ただ、「将来、罪を犯す可能性があるからという理由で、まだ何もしていない人間の行動を制約することになる」(田村さん)ため、服役を終えた性犯罪者以上にハードルが高いとみる。

 仮に議論が現実味を帯びても、対象者の行動を誰がどう監視するのかという運用上の課題も残る。

 ▽加害者治療の重要さ「保健行政と連携を」

 

「NPOヒューマニティ」理事長の小早川明子さん

一方、小早川さんはストーカー加害者に対する治療の重要性を訴える。特に今回のケースのように、警察による警告が効かないほど衝動性が強い当事者には不可欠だと強調する。

 各地の警察は既に、警告や禁止命令のタイミングで加害者本人に地域の精神科医による治療を勧める取り組みをしているが、小早川さんは入院の機会を増やすためには「警察と精神保健行政による積極的な連携が欠かせない」と注文する。

 当事者間で民事上の解決を目指す際に、和解の条件に治療を盛り込む方法も有効だとし、「1人でも多くの人が治療につながることが期待される」と話した。

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