水素ハイブリッド電車「HYBARI」に見る屋根上の変化【コラム】

JR東日本の水素ハイブリッド電車「HYBARI」外観

まずはちょっとしたクイズから。JR東日本が本年2月に報道公開した水素ハイブリッド電車「FV-E991系」(愛称:HYBARI)の屋根上には、水素貯蔵ユニットなどユニークなものが搭載されていますが、逆に搭載されなかったものもあります。なんでしょう?

鋭い方なら「パンタグラフ」と答えるでしょうか。HYBARIは水素を燃料とする燃料電池と蓄電池で走る次世代の鉄道車両(試験車両)なので、架線から電力供給を受けるためのパンタグラフはありません(ただし、設置自体はできるようパンタグラフを取り付ける台座は備わっています)。

JR東日本が取り組むのは、2050年までにCO2排出量を「実質ゼロ」にする「ゼロカーボン・チャレンジ 2050」。将来的にはHYBARIをベースとする車両を導入することで、同社管内の非電化区間を走る気動車を置き換え、CO2排出量を削減する――そういう方向で動いています。

とはいえ水素ハイブリッド電車を走らせるには様々な準備が必要です。現状、HYBARIは特認を受けて鶴見線や南武線の一部区間で試験走行を行っていますが、同じことを日本各地のローカル線でやろうとすると、水素の供給拠点を整備しなければなりませんし、沿線地域が水素利用に否定的であれば話を進めるのも難しくなります。

大掛かりな計画と言って差し支えないでしょう。JR東日本含む7者が2022年3月30日に共同発表した「京浜臨海部における大規模水素利用の本格検討を開始します!」というリリースからも、HYBARIのためだけに連携するわけではないにせよ、壮大な構想の実現に向けた意気込みが読み取れます。

パンタグラフ以外にも搭載されなかったものがある

本題に戻りましょう。実はHYBARIの屋根上から省略されたものがもう一つあります。車両用信号炎管です。

鉄道車両の屋根上にねじのようなものが付いているのを見たことはないでしょうか。これは車両の屋上に固定された点火装置で、中に信号炎管が内蔵されています。事故発生時、運転士などが室内のひもを引くと赤色に発炎し、接近する列車に停止信号を送ります。

FV-E991系の車体ベースは蓄電池車両EV-E301系。こちらには車両用信号炎管が搭載されています(写真:tarousite / PIXTA)

車両用信号炎管は国鉄時代の事故を機に設置されるようになりましたが、防護無線など「列車防護」のための設備が充実してきたこともあってか、使用される瞬間はほとんど見かけません。関東大手私鉄を見ても、そもそも搭載していない/JR直通車のみという会社がほとんどで、長らく搭載していた小田急も新5000形からは廃止しています。Youtubeなどで検索をかけても使用時の動画はほぼ上がっていないというのが現状です。

非搭載の理由はHYBARI特有のものではない

なぜHYBARIから車両用信号炎管が消えたのでしょうか。

最初はHYBARIに特有の事情があるのかもしれないと考えていました。たとえば取材当時の配布資料には、異常時の水素放出に関するこんな記述があります。

「水素タンクの周辺温度が異常に上昇したときは、自動的に水素を大気に放出して拡散させる仕組みになっています」

「水素放出口は屋根上に設置されており、設置位置や放出角度は、安全に配慮しました」

もし水素放出の邪魔になってしまうのであれば、車両用信号炎管を取り付けるわけにはいきません。もっと単純に、水素を扱う上で発炎するものを極力搭載したくなかっただけとも考えられます。何しろ新しい技術を使った車両ですから、思いもよらぬ理由が潜んでいる可能性はあるわけです。

ところが、これらの推測はどれも正解ではありませんでした。新造時(最初)から搭載していないのか、また搭載しない理由にHYBARI特有のものがあるのか、ということが気になりJR東日本広報部に問い合わせたところ、「HYBARI特有の理由ではなく、新造時から搭載しておりません」との回答をいただきました。

さらに「今後の新造車両では信号炎管をなくしていく方針なのか」という点も突っ込んでみたところ、「今後の新造車についても搭載する予定はございません」とも。JR東日本は今後の新造車両に車両用信号炎管を搭載しないというスタンスで、HYBARIはその第1号だったと解釈するのが妥当でしょう。

HYBARIのお披露目から1か月半ほど経ち、E235系1000番台の新造車に車両用信号炎管非搭載のものが出てきました。当該編成は出来たばかりでまだ運用には就いていませんが、今後はそうした車両がスタンダードになり、首都圏で出会う機会も出てくるものと思われます。

【参考】横須賀・総武線の新型E235系1000番台F-01編成(2020年12月報道公開時)

記事:一橋正浩

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