子どもの死を防げるか 試される「ど真ん中政策」 こども家庭庁とCDR【1】

予防のための子どもの死亡検証「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」が、本格導入に向かって動いている。地方公共団体でのモデル事業は2年目。省庁横断的な施策であり、「こども家庭庁」成功の試金石になるとの声もある。子どもの命を救うために、米国でCDRがスタートしたのが約40年前。日本でも始まろうとしているCDRとは何か。何が期待できるのか。展望と課題を4回連載でお届けする。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

◆岸田首相の施政方針演説で

現在、開かれている第208回国会。その施政方針演説で岸田文雄首相は、ある言葉を口にした。「子どもの死因究明」。

子ども政策をわが国社会のど真ん中に据えていくため、「こども家庭庁」を創設します。
こども家庭庁が主導し、縦割り行政の中で進まなかった、教育や保育の現場で、性犯罪歴の証明を求める日本版DBS、こどもの死因究明、制度横断・年齢横断の教育・福祉・家庭を通じた、子どもデータ連携、地域における障害児への総合支援体制の構築を進めます。

1万2000字近くに及ぶ演説のうち、たったの8文字。しかし、それに反応し、快哉を叫んだ人たちがいる。

来たな!

自見英子・参議院議員(46)もそうだった。複数の省庁が個別に行っている子ども施策を一元的に進める省庁の必要性を訴え、こども家庭庁の創設に奔走してきた。CDRを充実させなければという思いがあったからだ。岸田総理がこの言葉を演説に盛り込んだことは、率直にうれしかったという。

日本のCDRの取り組みはうまくいくと、私は信じています。(こうしたタイミングで)こども家庭庁ができることは大きな前進です。

自見英子・参議院議員。取材はオンライン(写真:益田美樹)

CDRは、子どもの死を検証する制度だ。単なる検証が目的ではなく、和名で「予防のための」とあえて挿入されているとおり、子どもの死を少しでも防ぐことを目的にしている。子どもの死亡に関しては、医療機関や保健所、学校・保育園・幼稚園、福祉、救急、警察、児童相談所など多様な機関が関係する。ただし、各機関はそれぞれ個別対応だ。広範囲にわたる関係機関の間で情報を共有し、予防策を検討する仕組みはこれまでなかった。

◆子どもの死因上位 いつも「不慮の事故」

NPO法人「Safe Kids Japan」によると、子どもの死の予防は長年の課題だった。日本では1歳以上の子どもの死亡原因の上位は「不慮の事故」。つまり、予防できる事故だ。しかも、状況は1960年代から変わっていない。

そうしたなか、この分野での先進国・アメリカから約40年遅れで、日本でもCDRを本格導入する動きが始まった。子どもの死に関わる多機関が集まり、情報を共有し、死に至った経緯を明らかにしたうえで、予防策を考える。それがCDR事業の基本形だ。「多機関連携」が制度の肝で、縦割りによる情報共有の壁を打ち砕く手だてとして期待されている。

ところが、2020年度から始まった国のモデル事業(厚生労働省主管)では、当初のもくろみどおりに事が進んでいない。

調査報道グループ・フロントラインプレス取材班の取材では、①警察から捜査情報が得にくい、②個人情報保護がネックになって必要な情報が集まらない、という2つの課題が浮き彫りになった。これらが足かせとなって「CDRは理想形では導入できない。できたとしても10年はかかるだろう」「導入は結局できないのではないか」という声もある。

自見議員はそうした現状も知っている。それでも「こども家庭庁ができたらうまくいく」と力を込める。なぜか。それは、こども家庭庁が最後の一押しの役目を果たせるからだ、という。

◆やりたくても法律がなければ動けない

子どもの死亡検証は、これまで手つかずの分野だった。自分の子が亡くなっても、死亡した経緯がわからない。そんなケースが後を絶たなかった。

国会議員になりたてのころ、その事実を知った自見議員は、子どもの死亡検証を行政が責任をもって遂行できるように、法律を作らなければと判断。その後、成育基本法(2018年12月成立)、死因究明等推進基本法(2019年6月成立)が次々に施行され、子どもの死亡検証は一応、「行政がやるべきこと」に含まれるようになった。ただ、これらの仕組みは文部科学省や厚生労働省が中心となって所管する、依然とした縦割りだ。そこからこぼれ落ち、検証されないままのケースも出る。あるいは、他省庁や他機関の協力が得られず、十分な検証ができないケースもある。

省庁横断的なこども家庭庁は、そうした隙間を埋め、CDRを実りある形で導入できるはずだ。「こども家庭庁ができたらうまくいく」と自見議員が力説する背景には、こうした事情がある。

小児科医でもある自見議員がCDRと出合ったのは、東京大学医学部に入局したころだったという。手伝った研究がCDRにつながる内容だった。決定的だったのは、その後、一般社団法人「吉川慎之介記念基金」代表理事の吉川優子さん(50)と出会ったことだ。吉川さんは2012年7月、私立幼稚園に通っていた5歳の息子を川の事故で亡くし、その後は水難事故予防の活動を続けている。

自見議員にしてみれば、吉川さんは極めて良識的な人だった。

普通の立派なお母さんが、自分の子どもが突然亡くなって、『なぜ子どもが死んだのか知りたい』と言っているのに、そのシンプルな問いに社会が答えられていなかった。

◆激烈な縦割りでたらい回しに遭っていた

当時は、0~6歳の子どもを主に対象とした「教育・保育施設等における事故報告集計」(内閣府取りまとめ)もなかった。

激烈な縦割りだったんです。今でこそ内閣府が取りまとめて、ゼロロク(0~6歳)の子どもの事故については、必ず自治体をかませて、たらい回しがないようにすることができています。けど、吉川さんのときはそういう仕組みもない。私立幼稚園は文科省だと言うので文科省に問い合わせたら、それは自治体だと言われて、自治体に行くと、それは文科省だって……。吉川さん、もう、とにかく、たらい回しに遭っているんです。自分の子どもの死因究明で。

吉川さんのそうした話は、聞くだけでとにかくつらかったという。

一人っ子の男の子を亡くしているから、もう子どもはいないんですよ。子どもが亡くなったというだけで、吉川さん、とてもつらいのに、それ以上のつらさと苦しみを与えているわけですよ、社会の仕組みが。正直、なんてひどい国なんだと思って。グリーフケアするならまだしも、『遺族のお母さんにこんな思いさせる国って何なの!』って思ったのが最初ですね。

1期目だった自見議員は、吉川さんからたらい回しの話を聞いた後、すぐに関係省庁の担当者を呼んだ。文科省、内閣府、法務省、警察庁……。ところが、いずれの担当者も「自分の所管じゃない」と言い出した。

子どもが1人死んで、 お母さんもこんなに苦しんでるのに、よく関係ないって言いますね、と無茶苦茶怒ったんですよ。でも、その怒りは私が新人だったから。その後、議員活動をしていて、わかったんです。行政というのは法律を基にして動く。でもCDRは法律がない。だから、彼らがいかに使命感を持っていても、やりようがない。担当者も気の毒だなと。

オンラインで講演する吉川優子さん(撮影:穐吉洋子)

CDRの根拠となる上述の法律が2つでき、省庁横断的な施策を可能にするこども家庭庁も2023年4月に創設されることが決まった。だが、調査権限をCDRの担当者に与えることについてなど、課題はいくつかある。「だからもう1回立法が必要」という。

自見議員によると、課題の1つに解剖がある。解剖は、死因究明に重要な役割を果たすが、現状では実施率が10%程度にすぎない。吉川さんのケースでも、解剖は行われなかった。事故直後は、子どもの体にこれ以上傷をつけたくないという思いが強かったからだ。しかし、解剖を選択しなかったことが、吉川さんを後悔させることになった。取材班が取材した他の遺族からも、似たような経験が語られている。

◆他の先進国に比べて低い日本の解剖率

そもそも日本の解剖率は他の先進諸国と比べて低い。行われたとしても、質は予算不足を反映したレベルになっていることが、長年にわたって指摘されている。

2007年、大相撲の時津風部屋で新弟子(当時17歳)が部屋での暴行によって死亡していたという事件があった。当初は病死と判断されたこの事件を契機に、死因究明を推進する法律はいくつかできた。それでも状況は大きく改善していないと自見議員は言う。

解剖に関わる予算が少ない。所管する警察が解剖に結び付ける努力をしなければいけない。事件性があるかどうか、ちょっとよくわからないグレーゾーンの解剖を、調査法解剖と言うんです。でも、法律を作ったのに、普及しないんですよね。だから、本当にCDRをやろうと思ったら、調査法解剖も同時にあまねく受け入れるような体制にしないとまずい。

これまで放置されていた子どもに関わる問題に、こども家庭庁はどこまで迫れるのだろうか。課題はCDRだけではない。

例えば、岸田首相の施政方針演説に出てきたDBS(Disclosure and Barring Service)。子どもに接する仕事をする人に「無犯罪証明書」の提出を義務づける、英国で運用さている制度だ。ベビーシッターや教職員による性犯罪から子どもを守ろうと、導入を要望する声が高まっている。その制度導入に関しても縦割り行政が立ちはだかる。

自見議員は言う。

小児性犯罪者がどこで働いているか。保育園で働いていると所管は厚労省、幼稚園だと文科省、ベビーシッターだと内閣府だし、塾だと経産省なんですよ。分かれている。例えば1人の性犯罪者がいて幼稚園でクビになっても、(バレなければ)保育園でも働いていけるし、ベビーシッターでも働ける。学校でも働けるし。しかも、無犯罪証明書なので、法務省が出さなきゃいけない。似てるなあと思うんですよね、CDRと。

こども家庭庁で、縦割りの弊害を打破できれば、放置されてきた各種問題の解決に弾みがつく。特に、導入が「あと一息」となったCDRは、縦割りの狭間で放置されてきた子ども問題を解決する試金石になる、と自見議員は見ている。

◆CDRがどれくらい世の中に理解されているか

CDRのモデル事業は2020年から7府県で始まり、現在は9道府県で実施されている。これを、いかに全国規模の本格導入につなげるか。

その調査研究を続けている名古屋大学医学部附属病院の沼口敦医師(50)は、こども家庭庁とCDRについて「どれくらい国民の期待を受けている省庁なのか、ちょっとわからないのですが」と前置きしつつ、次のように語った。

厚労省に協力するのと同じくらいの熱意をもって、こども家庭庁の協力要請に(医療現場などが)応えるか。『それは(当然)応えるでしょ』って、全員同じように思っていれば話は簡単なんですけどね。それだけの理解が世の中にあるのかな。

例えば、医師は厚労省から子どもの死に関するデータを出すように要請されると、応じやすい。他省庁から要請されると、身構えてしまう。そんな現実があるのだという。

受け手側の意識のほうが問題かもしれない。モデル事業(の段階)だからかもしれないですけど、上がいくら号令を出しても、『いや、そうは言われても』とかね。

CDRは今、ゼロから形をつくろうと模索している段階だ。そして、早急に成果を求めない長い目が必要だと沼口医師は言う。予防は積み重ねの上に成り立つ、成果だけを見すぎないことが大事だ――。こう語るCDRの関係者はほかにもいる。

沼口医師は言う。

今、結果を出すってことじゃなくて、将来、結果を出すことに向けて、(関係者が)一緒に取り組む。そんなイメージを持っていただけるといいなと思います。

「こども家庭庁」の設置法案に関する内閣官房作成の資料

(初出:東洋経済オンライン、2022年4月4日『実は子どもの死因「不慮の死」長年上位の衝撃実態』)

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