栄養失調の子どもたちを守る

いま世界で、6秒に1人、5歳未満の子どもが命を落としています(※1)。その原因の多くに関わっているのが栄養失調です。
子どもたちが置かれた現状と、国境なき医師団の取り組みを伝えます。

目次

「命がこぼれるように亡くなっていった……」日本人医師が直面した現実

西アフリカのリベリアで活動した、小児科医の蟹江信宏。3人に1人の子どもが栄養失調に苦しむこの国で、日々子どもたちに向き合いました。 「栄養失調と受診の遅れが大きな原因となって、まるで命が手のひらからこぼれ落ちていくかのように、子どもたちが亡くなっていきました。これまで経験したことのない数の子どもたちの死に立ち会う毎日で、自分の無力さが悔しく、涙が出ることが何度もありました。 栄養状態が悪いと、体はとても脆弱になります。腸が弱くなり、食べ物は下痢となって栄養が吸収できず脱水になってしまうことも。また、免疫力が落ちて、感染症にかかると重症化しやすくなってしまうのです。 自分で食事を食べる力がなくなってしまっている子どもは、栄養治療センターに入院してもらい対応します。治療用ミルクや栄養治療食で、子どもたちは元気を取り戻していきました。

リベリアの子どもたちも日本の子どもたちと同じように家族に愛されて、一人一人の人生があります。命は比べられるものではないし、数だけで考えられるものでもありません。これからも一人一人の命に丁寧に向き合っていきたいと思います」

栄養失調の子どもを診る小児科医の蟹江信宏 © MSF

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栄養失調とは? 幼い子どもたちに高いリスクが

重度の栄養失調で治療を受けているイエメンの赤ちゃん© Nuha Haider/MSF

栄養失調は必要な食料や栄養(必須栄養素)が不足することで起き、特に陥りやすいのは5歳未満の子どもたちです。2021年、世界では4500万人もの5歳未満の子どもが命に関わる急性栄養失調に苦しみました(※2)。 栄養失調は本来、早期の治療によりほとんどが回復します。しかし成長過程にある子どもは、成人と比べ体が必要とする栄養素が多く、免疫などの機能も十分ではありません。そのため早期に治療ができない場合、命の危険はもちろん、他の病気を併発したり、生涯にわたって心身に影響が及ぶこともあるのです。 MSFは世界各地で、緊急性の高い子どもたちへの対応に取り組んでいます。

命を救うために一刻も早く!治療の5つのステップ

Step 1 「命のうでわ」で栄養失調の水準を把握

© Louise Annaud/MSF

子どもの栄養失調がどれくらい深刻かをすぐに判断するために使うのが、「命のうでわ」(上腕周囲径測定帯*)です。生後6カ月から5歳の子どもの二の腕に巻いて太さを測ります。 【赤】11.5cm未満:重度の栄養失調。すぐに治療を始めないと命の危険があります。 【オレンジ】11.5cm~12.4cm:中度の栄養失調。すぐに治療を始めないと、体重がさらに減り、体力も落ちてしまうおそれがあります。 【緑】12.5cm以上:栄養失調の可能性は低いです。

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Step 2 治療用ミルクで体調を安定させる

© MSF/Jinane Saad

重度の栄養失調で入院してきた子どもには、肺炎や下痢などの合併症の治療をしながら、治療用ミルクを与えて代謝機能を整えて体調を安定させます。 この時期は病状が不安定で、低血糖や脱水、感染症などによるリスクが高い時期なので、24時間体制で注意深くケアします。通常数日から1週間程度で全身状態が安定してきます。

Step 3 栄養治療食「RUTF」の摂取で栄養状態を改善

© MSF

次の段階では、高カロリー・高タンパクで体重増加につながる栄養治療食を開始します。

水やガス、電気がなくてもすぐ食べられる

「RUTF」

(Ready to Use Therapeutic Food)という治療食で、ピーナツペーストのような味で成長に必要な栄養素でできており、1パックで500キロカロリーのエネルギーを摂取することができます。

Step 4 食欲テストを行い退院の可否を判断

© Stefan Dold/MSF

自分から食べる意欲を持って、栄養治療食「RUTF」をしっかり食べられるようになったら一安心。退院することができます。

小児科医 蟹江

入院当初は弱っていた子どもが元気を取り戻し、病棟で泣いたり笑ったりしている姿を見ると、とても嬉しくなります。

Step 5 通院しながら、栄養治療を継続

© Charlotte Morris

家庭で「RUTF」を継続して食べ続けてもらいます。保護者には、食事の前に手洗いをすることや、下痢や発熱などがあったら速やかに受診することなどを伝えます。

地域の保健医療施設とも連携し、定期的に通院して体重が増えるのを確認し、体重がしっかりと増えれば栄養失調治療プログラムから卒業となります。

入院し、栄養失調とマラリア、肺炎の治療を受けているシエラレオネのシェクちゃん(2歳)。元気を取り戻しつつある © Peter Bräunig

「食べ物がない」だけじゃない──絡み合うさまざまな要因

栄養失調の要因は、貧困や季節的な食料不足に加え、最近では紛争や異常気象、またコロナ禍による経済の悪化などが複雑に絡み合い、子どもたちを窮地に追い込んでいます。 また、栄養失調と感染症などの疾患は、互いに悪循環を起こす関係にあります。この危険なサイクルを食い止め、子どもたちの命をつなぐためには、早期の治療が重要です。

回復した子どもたち つながった命の希望

MSFは世界各地の国々で栄養失調の課題に取り組み、2020年には6万4300人に栄養治療を行うことができました。元気を取り戻した子どもたちの笑顔が広がっています。

退院し、通院で栄養を続けている生後10カ月のラガドちゃん(イエメン)。毎週、父親と栄養治療食を取りに来ている © Trygve Thorson/MSF
重度の栄養失調とマラリアから回復しつつある2歳のウイエラちゃん(コンゴ民主共和国) © MSF/Solen Mourlon
高熱と発疹に見舞われてMSFの救急車で運ばれた男の子。栄養失調とマラリアの治療を受けた(カメルーン)© Scott Hamilton/MSF

意識のなかった子が回復 座って食べて笑った! ~ナイジェリアより~

© Alexandre Bublitz/MSF

度重なる武力紛争により100万人以上の避難民が身を寄せる、ナイジェリア北東部の都市マイドゥグリ。小児科医のアレクサンドル・ブブリッツはこの地で栄養失調の子どもたちの治療に当たりました。 「私が最初に3歳のハウワちゃんを見た時、彼女の意識は既にありませんでした。体は骨と皮だけ。ひどい栄養状態で、感染症も併発していました。MSFの病院には毎月400人ものこうした栄養失調の子どもが運び込まれてきましたが、全ての命を救えるわけではありません。 集中治療室での最初の数日、彼女が目を開ける気配はありませんでした。しかし、ハウワちゃんは徐々に意識を取り戻してきたのです。

飢餓の惨状に声を上げる——MSF設立の原動力に

1967 年にアフリカのナイジェリアで勃発したビアフラ戦争。分離独立を宣言したビアフラ地方は、軍の包囲によって食料の供給が遮断され、飢餓が起き多くの子どもたちが栄養失調で命を失いました。国際赤十字に参加していたフランス人医師らは、この事態に強い憤りを覚え、国際赤十字のルールであった沈黙の原則を破って政府軍による市民への暴力を公に非難。1971年、この医師らとジャーナリストらによってMSFが設立されました。 その後、80年代のエチオピアの飢餓では大規模な栄養治療を実施。援助物資を横領し、地域住民を強制的に移住させるために利用していた軍事政権を告発しました。 以降もMSFは栄養失調の問題に各地で取り組み続け、2005年には、世界に先駆けてニジェールで、そのまま食べられる画期的な栄養治療食「RUTF」を導入。高い治癒率で効果を実証しました。

MSF設立からの約50年間、栄養失調の予防や治療法は進歩しましたが、治療へのアクセスはまだ改善の余地があります。MSFは各国政府に対し、栄養失調の対策に十分な投資を確保し、治療アクセスを拡大すること、そして科学的効果が示された取り組みを推進することを

求めています

エチオピアで飢餓が広がった=1984年© Patrick Frilet

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