諫干堤防閉め切り25年 慰霊祭や街頭活動 開門の必要性訴え

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かつて干潟があった場所で鐘を打ち、黙とうする参加者=諫早市

 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防閉め切りから25年となった14日、長崎県諫早市内では閉め切りで死滅した海の生物や開門実現を見届けぬまま亡くなった漁業者らを悼む慰霊祭、街頭活動があり、参加者が開門による海の再生を求めた。
 かつて干潟だった白浜町の船着き場跡では慰霊祭が営まれ、25年前に湾が閉め切られた午前11時半に合わせて鐘を打ち、黙とうした。慰霊祭は閉め切り翌年の1998年から福岡県の環境団体が開き、近年はメンバーだった沖牟田龍雄さん(76)=同県大牟田市=が代表の遺志を継ぎ、個人で継続している。
 多い時で100人以上だった参加者も今年は5人。沖牟田さんは「子どもたちに豊かな自然を残すためにも、一日も早く海がよみがえるよう開門を願う」と話した。
 一方、アーケードでは、漁業者らの裁判を支援する市民団体「諫早湾の干潟を守る諫早地区共同センター」が街頭活動。開門確定判決(2010年)に基づく強制執行排除を国が求めた請求異議訴訟の差し戻し審で、国の主張を認め「非開門」の判断を下した3月の福岡高裁判決(開門確定判決原告の漁業者側は上告)を批判するビラを市民に配り、開門の必要性を訴えた。参加した男性は「25年がたち、諫干問題への市民の関心が薄れてきている」と危機感をにじませた。
 農地確保と防災対策を目的とした諫干事業では1997年4月14日、湾奥部が全長約7キロの潮受け堤防で閉め切られた。約670ヘクタールの干拓農地や調整池が整備された一方、大規模な干潟が消滅し、不漁との因果関係を訴える漁業者らが開門を求める裁判を起こすなど、有明海沿岸地域での対立、分断も生んだ。
 14日は非開門派による目立った動きはなかった。農林水産省は取材に「防災上の大きな効果が表れ、干拓地では品質の高い農産物が生産されるなど事業効果が着実に発揮されている。開門せず、基金による和解で有明海の再生に全力で取り組んでいきたい」とした。