「腰を回せ」「肘を締めろ」はもう古い 元巨人捕手“目からうろこ”の打撃指導

横浜市内のジムで野球塾を行う元巨人・佐野元国さん【写真:編集部】

ボールに対して、バットを最短距離で出す方法もわかりやすく指導

横浜市内にある野球塾「クリス・ベースボールアカデミー」で元巨人捕手でコーチも務めた佐野元国さんは野球指導を行なっている。64歳になってもアグレッシブだ。少年野球をする小学生から硬式野球をする中学生まで教える中、「腰は回すものではない」「肘を閉めたら大きく振れない」という指導や「ボールに対してバットを最短で出す方法」を体現して見せるなど、新しい時代に合わせた指導をしている。

【動画】ボールに対して“最短距離”でバットを出す方法とは?

佐野さんは横浜高から1978年ドラフト3位で近鉄に入団。1985年に移籍した巨人では4年間、在籍した捕手だった。引退してから約30年以上経つが、指導が今の時代にあった新しさを感じた。

「朝5時半、6時くらいからトレーニングをしているよ。迫力のあるプレーを見せないといけないからね」と丸太のような太い腕がTシャツから出ている。今の時代の子どもたちにわかるように「大谷はね……」「筒香はね……」と現役選手の名前を出しながら、動きを説明しているところも、その一つだ。

指導の様子を見ていて驚いたのは打撃練習の時。「腰というのは絶対に回らないんだ」と体を使って、説明を始めた。そして、足を閉じてスイングする練習法を勧めた。「足を閉じて、その場で歩くようにしてみながら打ってみて。腰は2センチくらい開くだけ。後ろの足で、体を回転させて打つんだよ」。

ひと昔前ならば「腰を回せ!」と言われたものだ。わかりやすい表現なのかもしれないが、実際に体の構造上、腰は回らず「2センチくらい開くだけ」という。佐野さんはその開きに対して、後ろの足が回転していくだけと説明している。子どもたちはそれを繰り返した。ティー打撃を行い、そのあと、実際に足を通常に戻して打つと、体重移動をしながら、強い打球を生んでいた。

そのほかにも「肘を閉めたら、大きくは振れない」ことや、ボールに対して、バットを最短距離で出す方法についても、わかりやすく指導していた。手で操作するよりも、体の内側からバットを出して、腰を入れる。そこから足を使って体を回した方が早いという。

NPBでもコーチとして多くの選手を見てきた

佐野さんは横浜や巨人で指導者の経験もある。横浜時代は谷繁元信氏(元中日監督)と出会い、コーチとして選手を辛抱強く、見守ることを学んだ。子どもたちの指導にもつながっていることもあるという。

「谷繁くんと僕が出会ったのは33歳か34歳の時だったかな。当時の大洋の須藤豊監督が、どんなことがあっても使うと腹をくくってくれていたから、鍛えることができたんだ。ミスをしても『谷繁でいく』と。いいものを持っていても、試合で経験をしないと何にもならないからね」

もちろん、“控え”で学ぶことも多い。現役時代の佐野さんは常時、試合に出場していた選手ではなかったが、子どもたちにはまず試合に出ることの楽しさ、喜びを感じてほしいと思っている。控えとしての“居場所”はまだ先でいい。

「控え選手の自負といいますか、そういうものを見てきましたから。私の目は老眼ですが、目は肥えています(笑)。試合に出るためには自分の努力しかない。結果が出れば、みんな『ナイスバッティング!』『ナイスピッチング!」となる。なので(好結果を導く)“技術屋”でいたいですね」

受講の中学生は関東近郊の名門高校にも進むなど、その先を見据えた指導も行なっている。指導者として根気強く、子どもの良いところを野球塾で探していた。そして「結果とは何か」を説き、その先に見える景色についても経験談から語りかけていた。プロの世界を見てきたから届けられる野球指導がそこにはあった。

○プロフィール
佐野元国(さの・もとくに) 1958年3月6日生まれ、神奈川県出身。横浜高校から1978年ドラフト3位で近鉄バファローズに入団。85年に巨人に移籍、89年に現役引退。90年から大洋ホエールズで2軍、1軍バッテリーコーチを務め、谷繁元信らを指導。その後、巨人で2軍育成コーチ、1軍バッテリーコーチを歴任し2000年の日本一に貢献した。現在は横浜で「クリス・ベースボールアカデミー」で少年野球の指導にあたっている。(Full-Count編集部)

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