第八十四回「ねっとりもったり、まとわりつくような音が最高なジャック・ルビーのプロデュース楽曲」

『ルーツ・ロック・レゲエ』という映画があります。これは1970年代、ジャマイカのレゲエ界隈を撮影したドキュメンタリーなのですが、わたしはこの映画が大好きで、DVDを購入し、何度も見返していた時期があります。 この映画には、音楽の、楽しさ、怪しさ、ヤバさ、裏と表、すべてが詰まっています。ジミー・クリフ、ボブ・マーリー、リー・ペリーといった有名どころもたくさん出てきて、そこも魅了的だし、それぞれの演奏シーンも素晴らしく、1970年代のジャマイカの雰囲気やニオイが煙にまみれてムンムン漂ってくるのです。 この映画の中で、わたしが一番好きなシーンは、音楽プロデューサーのところに、若き無名のミュージシャンたちがオーディションにやってくるところです。青空の下、庭の奥に、プロデューサーの男がいて、やってくるミュージシャンは「おれのリディムを聴いてくれ」と言って歌い出したりします。 プロデューサーの男の名前は、ジャック・ルビーといいます。ジャック・ルビーと聞いて、「あれ!」と、お気づきの方もいるかも知れません。そうなのです、ジャック・ルビーとは、ケネディ大統領を暗殺したオズワルドを2日後に暗殺した男なのです。 でも、プロデューサーのジャック・ルビーはオズワルドを殺したジャック・ルビーとは関係ありません。まったくの別人です。しかしながら、プロデューサーのジャック・ルビーは、ケネディを殺したジャック・ルビーから名前を拝借したようでもあります。そんなことを、レゲエの本で読んだことがあるような気がします。曖昧ですみません。 とにかく、このシーンで、オーディションにやってきた若者たちの音楽を聴くジャック・ルビーの親分肌風情というか、ヤクザ風味な大物感が、ヤバい感じもあって、とてつもなく魅力的なのです。 もちろんジャック・ルビーは、ただ大物ぶっているプロデューサーというわけではありません。有名なところでは、バーニング・スピアの『Marcus Garvey』をプロデュースしています。 そんなこんなで、今回紹介したいのは、ジャック・ルビーの『Jack Ruby Hi-Fi』というアルバムです。これは、ジャック・ルビーがプロデュースした曲を集めたものので、アルバムのジャケットの絵も格好いいです。 とにかく、この親分肌風情でヤクザ風味のある大物、ジャック・ルビーの作り出しす、ねっとりもったり、まとわりつくような音が最高なので、夏の暑い夜に、汗をダラダラ垂らしながら聴くには最高の一枚なのではないかと思うのです。

【戌井昭人(いぬいあきと)プロフィール】1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

© 有限会社ルーフトップ