<変わる部活・教育と働き方改革の狭間で(下)>『本質』 必要な部分 どう残すか

小嶺氏の「サッカーは人間教育」という教えに共感して長崎総合科学大付高に入学した生徒たち=長崎市、長崎総合科学大付高グラウンド

 学習指導要領に部活は課外活動である一方で「学校教育の一環」と明記されている。部活を重視する学校や教員も一定数存在し、生徒や保護者も部活や顧問の先生ありきで進学先を選ぶ例も少なくない。働き方改革を前進させながら、こうした声にどう応えていくか。部活の本質をどう残していくのかは地域移行の肝になる。

■人生ささげた名将
 「うちの監督は死ぬまで全力を尽くしてやってくれたよなと。そう言われる教育者でありたい」
 1月に病死した高校サッカー界の名将、小嶺忠敏氏(享年76)は、亡くなる1カ月前にそう言い残した。
 サッカーと子どもたちの教育に人生をささげた小嶺氏。勧誘した生徒を自宅や寮に住まわせ、自費で購入したマイクロバスの走行距離は実に地球7周半に及んだとされる。
 「素晴らしい選手である前に、素晴らしい人間であれ」。子どもたちの将来まで考えた指導を一貫して続け、時に厳しく叱咤した。サッカー界にとどまらず各分野で活躍している卒業生の多くが「厳しい高校時代があったからこそ今がある」と口をそろえる。
 後を継いだ長崎総合科学大付高サッカー部監督の定方敏和教諭(49)は4月の就任会見で「最後までグラウンドに立ち続けたあの情熱、そして日常生活から一人一人に目を向けて接する人間教育の大事さ。小嶺先生が積み上げてきたことを続けたい」と言葉に力を込めた。教員の長時間労働が問題提起される中、あえて変化を拒んでいるようにも映った。
 同じ席で、松本浩校長は「学業はもちろんだが、ここの部活で頑張りたいと言っていただく子どもや保護者が非常に多い。希望に応えるためにも独自性を持たなければいけない」と私立校として部活に力を入れる意義を論じていた。

部活の地域移行スケジュール 

■「学校だからこそ」
 今回の問題で最も懸念すべきは、働く側の主張がクローズアップされ過ぎて、部活の本質がないがしろにされることではないだろうか。
 学校の課外活動として広く行われる今の部活の形は日本独自の文化で、戦後の民主化や1964年東京五輪を契機に発展した。校内で誰もが気軽にスポーツに親しめて、かつ必ずしも勝利至上主義ではない環境下でトップアスリートを輩出してきた。さまざまな境遇の同年代が同じ時間を共にすることで、社会性の育成にも寄与してきた。
 海外に目を向けると、中高生は地域のクラブで専門コーチの指導を受けるスタイルが一般的だ。部活文化がある米国では入部のためにトライアウトを受けなければいけないケースもある。その点で「日本式」は競技の普及や競技力向上に加え、教育的要素も濃いのが特徴と言える。
 近年は国内でもより高いレベルを求めて、サッカーやバスケットボールなどでクラブチームを選択する生徒も増えた。その一方で、日本サッカー協会の田嶋幸三会長でさえ「部活は教育に絶対必要で、学校だからこそスポーツができる子もいる。教育界自体がダウンしないか心配だ」と働き方改革ありきの地域移行に警鐘を鳴らす。
 良くも悪くも、部活は長らく教員の献身的な働きに支えられてきた。こうした伝統が競技力向上や多感な時期の子どもの人格形成に寄与し、一方でその「美学」が一部の行き過ぎた指導や長時間労働を助長した側面もある。変えるべき部分、変えるべきではない部分は何なのか。働き方改革を発端に、いま、改めてその問いが投げかけられている。

◎長崎県内の声 中学3年生の子を持つ40代母親 大切なこと学ぶ場所

 中学3年生の末っ子が陸上部に入っている。私自身は運動が嫌いで部活動にも入っていなかった。今も送迎などがおっくうで仕方ないけれど、息子が毎日楽しそうに学校に行くのを見ていて、部活の魅力を感じている。
 息子は入学後に重いぜんそくを患った。今も朝晩の吸入は欠かせず、毎日10錠以上の薬を飲んでいる。病院から激しい運動を止められていて、部活は基本できない。見てるだけじゃつらいと思って「もう部活やめていいよ」と何度も言ってきたけれど、いつもにこにこした顔で朝練に向かう。
 3年生は息子1人だけ。2年生にはすごく速い子が2人いる。タイムを計ったり、アドバイスをしたり、自分なりに責任感を持って、仲間のために何ができるのかを考え、それが居場所にもなっているみたいだ。ぜんそくで入院していた時に仲間が支えてくれたという感謝の気持ちが、そうさせているんだと思う。
 もの静かな性格だった息子が、陸上を通じて仲のいい友達ができた。今も遊ぶのは陸上部の子ばかり。先輩や後輩がいなかったら、とうの昔に陸上部をやめていたと思う。速い子がいて、うちみたいに走れない子もいる。いろんな人がいる環境で、生きていく上での大切なことを学ぶ。1位を目指すことがすべてじゃない。私は経験できなかったけれど、それが部活の良さなんだろうなと息子をうらやましく思う。


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