撮り鉄を「楽しませる」運転士さん

 【汐留鉄道俱楽部】「あの電車の運転士さん、面白いポーズをしてくれたよ」。米国ワシントン首都圏交通局の地下鉄「ワシントンメトロ」を撮り鉄していた際、電車の先頭部にカメラを向けていた「子鉄」の息子に言われた。主力路線「レッドライン」の西側の終端駅となっているシェイディーグローブ駅(メリーランド州)のプラットホームでのことだ。

 折り返し運転のために停車中だったのは1987年に登場した車両「3000系」。アルミ製で、窓の周囲などを茶色で装飾しているのがしゃれた車両だ。交通局が日立製作所グループに発注した次世代車両「8000系」の納入が2024年に始まる予定で、8000系の導入後は3000系と一世代前の2000系の営業用電車は全て置き換えられる。

ワシントンメトロの3000系=1月23日、米メリーランド州で筆者撮影

 この日は雪が降った休日だったため、雪景色を走る古い車両を撮ろうと繰り出した。気温は氷点下で、運転席の窓ガラスが曇って運転士さんの様子が一風変わって見えたのかもしれない。

 そんなことを想像しながら、私も試しに電車の先頭部にカメラを向けた。すると、乗務員室にいる黄色い蛍光色のベストを着た男性運転士さんが立ち上がって腕組みし、白い歯を見せて笑みを浮かべている。その様子はまるで「私はこの電車を動かす王様だ!」といわんばかりだ。発車時刻まで余裕があったため撮り鉄向けにポーズをしてくれたらしい。

ワシントンメトロの旧型車両3000系の乗務員室でポーズを決めるエドガー・ニュートンさん(上)と、車両全体の写真=3月12日、米メリーランド州で筆者撮影

 私は以前、非番だった首都圏大手私鉄の運転士さんから「後ろに乗っている大勢のお客さんたちの命を預かっていると思うといつも気が引き締まる」と聞いたことがある。撮り鉄をする際も、運転士さんが安全安定運転の任務を果たすのを邪魔しないように留意している。

 今回出会ったサービス精神旺盛な運転士さんもこれから発車時刻が近づき、青信号を確認して発車させることになる。このため、しばらくはおとなしく見守ることにした。電車が発車したので感謝の意を込めて手を振ると、運転士さんも私たちに手を振ってくれた。氷点下の気温にもかかわらず、心温まるひとときとなった。

 その日の夕方、入っているワシントンメトロ愛好家の会員制交流サイト(SNS)グループのメンバーにもこの出来事を知らせようと写真を投稿して「電車の写真を撮っていたら、発車前に明るい運転士さんが楽しいポーズを決めてくれたよ」と英語で書き込んだ。

 直後に「それは僕だ、笑」と返信が届いている。同じSNSグループに参加しているエドガー・ニュートンさんで、掲載されていた顔写真を見ると確かに同一人物だ。そこには「僕はお客さんを楽しませたいんだ」というメッセージも記されていた。

 私は「気さくに接してくれてありがとう。あなたはこの電車の王様だから、そのポーズは似合っているし、私たちも気に入っているよ!」と書き込むと、「ありがとう、感謝しています」と手を合わせる絵文字付きで返信があった。他のメンバーからも「写真を撮るときに手を振ったり、ポーズを取ったりしてくれるとうれしくなるね」といった好意的な意見が相次いで寄せられた。

 ワシントンメトロには、沿線で撮影をしていると“サービス警笛”を鳴らしてくれる運転士さんもいる。私の自宅から約10分歩いた場所にワシントンメトロの線路上を通る陸橋があり、その南側にあるトンネルから出てくる電車の写真を時折撮っている。

 カメラを線路に向けていると、電車がトンネルから出た後に「フォンフォン」と柔らかめの警笛を何回か鳴らし続けて通過していく電車にたびたび遭遇した。電車に乗っていてもこの地点を通る時に警笛を鳴らしておらず、撮影者へのサービスだと分かった。

 ある時は陸橋上でワシントンメトロが来るのを待っていると、米国の中堅航空会社、ジェットブルー航空の小型旅客機エアバスA320が飛んでいるのが視界に入ったためカメラを上空へ向けてシャッターを切っていた。すると、連続で鳴る警笛が聞こえたため慌ててカメラを線路へ向け、「撮り空」に続いて「撮り鉄」にも成功した。

 運転士さんたちは、列車の安全安定運行という重責を果たすだけでも大変なのはよく分かるし、私からはそれ以上は求めない。ただ、任務を果たした上で、撮り鉄に気配りもしてくれるとうれしい気分になるのは確かだ。雪の日以来、休日になると「ニュートンさんが運転している電車は来るかな?」と楽しみにしながらワシントンメトロにカメラを向けている。

☆大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信ワシントン支局次長。JRの運転士さんによると「撮り鉄のことは気にしている」そうで、人気列車が走る前の列車に乗務してカメラを向けられると「試し撮りをされた」と思うそうです。

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