続く「愛情のガソリン」バトンリレー 生きづらさ抱えた人たちの希望に 第2部 更生とは何か・9<完>

社会復帰を目指していた西川が姿を消した。身柄が拘束されたのは祖父母の家がある地域だった

 まだ肌寒さが残る今年3月上旬の朝。社会復帰を目指して長崎県雲仙市瑞穂町の更生保護施設「雲仙・虹」に暮らしていた西川哲弥(47)=仮名=が姿を消した。
 その後、分かったことがあった。西川と同じそうめん工場で働く別の人がげた箱に置いたバッグから小銭がなくなっていた。西川はバッグを触っているところを目撃され、工場の職員が西川に事情を聴こうとしていた。
 当時、施設長だった前田康弘はうなだれた。「小銭なんて、もし取ったとしても正直に話してくれたら一緒に謝りに行って返却して済んだ話かもしれない。取ったことが怖くなったのか、その衝動のために逃げなくてもよかったのに」
 西川の行方が分かったのは数日後。大分県で民家を物色していたところ、家人に捕まりそうになって殴った疑いで大分県警に逮捕されていた。現場は、何年も連絡を取ってない祖父と、亡くなった祖母の家がある地域だった。
 西川の再犯は、東京にいる伊豆丸剛史(46)=厚生労働省矯正施設退所者地域支援対策官=の耳にも届いた。
 「あーそうですか…」。残念だったが「これも現実だよな」と受け止めた。
 幾重にも絡み合った生きづらさであればあるほど、解きほぐすには、ときに長い時間が必要となる。伊豆丸は、つまずきや再犯など立ち直りの現場での経験から、この月日を「『愛情のガソリン』のバトンリレー」の時間と捉えている。
 生きづらさを抱えた人の中には、人を信頼できる「愛情のガソリン」が目減りしていたり、失ってしまっていたりする人たちがいる。西川のように、たとえ目の前の支援が近視眼的にうまくいかなかったとしても、親身に寄り添った時間はきっと「愛情のガソリン」を一目盛りでも増やすことにつながっている。いつかどこかの地で愛情のガソリンが満たされるその時まで、社会全体でバトンリレーをしているんだという俯瞰(ふかん)的な物差しが、生きづらさを抱えた人たちに寄り添うときの希望になるのではないか、と。
◆ ◆ ◆ 
 西川は住居侵入と窃盗未遂、暴行の罪で起訴された。
 刑務所の新規受刑者のうち約5人に1人は知的障害者(疑い含む)、約8人に1人は高齢者との統計がある。再犯防止の理念を反映した刑法改正案が国会で議論され、刑事司法は大きな転換点を迎えている。再犯防止推進法を含めて罪に問われた当事者を官民共同で支える社会への移行が進む。誰もが暮らしやすい社会に向けて、私たちはどのようなまなざしで向き合うことができるだろうか。「愛情のガソリン」のバトンリレーは続いている。
(敬称略、完)


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