太平洋戦争末期の宮崎空襲で犠牲になった児童16人を供養する「いとし子 命の集い」は11日、宮崎市の宮崎大付属小(森山聖一校長、611人)であった。体育館で行った式典には児童代表約30人と遺族が参列。ビデオ会議システムを使い各教室に配信し、平和への誓いを新たにした。
1945(昭和20)年5月11日の宮崎空襲では、7~13歳だった同校の前身・宮崎師範学校男子部付属国民学校の12人と、同女子部付属国民学校の4人が亡くなった。
集会では姉2人を亡くした山本行一さん(77)=延岡市=が「いつまでも語り継いで」とあいさつ。児童を代表して6年の濱端玲奈さん(11)が「戦争はあってはならない。平和な世界を願う」と話した。
集会後、遺族と児童代表は供養碑に献花し手を合わせた。6年の山内将嵩(まさたか)君(11)は「これ以上、子どもの犠牲を出さないよう、早くウクライナの戦争をやめてほしい」と願っていた。
供養碑は犠牲になった山下陽さん=当時(10)=の母・久子さん(故人)がかつての江平池近くに建立し、2005年に校内に移設された。
戦争ない平和な世界に 宮大付属小 空襲犠牲児童を供養
- Published
- 2022/05/11 18:19 (JST)
- Updated
- 2022/05/11 18:25 (JST)
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