新年金制度で受け取り方はどう変わったのか?選択肢が広がった意味とは

2020年に通称「年金制度改正法」が成立し、2022年から新しい年金制度が始まっていることをご存知でしょうか?

そこで、経済コラムニスト・大江 英樹( @officelibertas )氏の著書『知らないと損する年金の真実 - 2022年「新年金制度」対応』(ワニブックスPLUS新書)より、一部を抜粋・編集して年金改革で変わることについて解説します。


国は受給開始年齢を遅らせたい?

年金の支給開始年齢は65歳ということは良く知られています。もちろん誕生年月日によっては65歳よりも早く支給開始される人たちもいますが、これもあと数年経てば以後は全て65歳からの支給開始となります。

ただし、これは支給する側からの話であって、受け取る側、すなわち受給を始める時期というのは割と柔軟な設定になっています。これまでは60歳から70歳までの10年間の間にいつでも好きな時期に受け取り始めることができるようになっていました。今回の年金制度改革法では、この受取開始時期を選べる幅を広げることになりました。具体的に言えばその幅を5年広げ、60歳から75歳まで、15年間の間、いつでも受給開始できるようにしたのです。

ところがこの措置についても多くの誤解があるようです。「今回の改正は年金の支給開始年齢をいずれは70歳まで遅らせるようにするための下工作だ」とか「選択肢を広げるというけど、結局遅らせた方が国にとっては有利だからだ」といったようなコメントが雑誌の記事やSNS等でも散見されるからです。しかしながら、これは全くの誤解です。

65歳までの引き上げすらまだ終わっていない

まず、年金支給開始年齢の引き上げについてですが、これは今のところはまずあり得ないだろうというのは歴史を見ればわかります。

厚生年金の支給開始年齢は、1944年の時点では男女共に55歳でした。それが改正されたのは1954年で、この時は男性だけで、55歳から60歳までを1957年から16年間かけて引き上げていきました。この引き上げが完了してから16年後、1989年の改正で男女共に支給開始年齢を65歳にすることが決まりましたが、実施時期はまだ決まっていませんでした。1994年にようやく定額部分を2001年から12年かけて実施(女性は2006年から12年かけて実施)、報酬比例部分は2000年の改正で2013年から12年かけて(女性は2018年から12年かけて)65歳にすることが決まったのです。

支給開始年齢の引き上げの歴史を長々と書きましたが、要するに支給開始年齢を引き上げるというのはそんなに短期間でできるものではないということです。55歳から60歳までの引き上げに要した期間は、20年、そして60歳から65歳までの引き上げは決定してからすでに32年が経過していますが、まだ終わっていません。

このように、年金の支給開始年齢を変えるのは非常に時間がかかります。年金というのは、非常に長い期間にわたって保険料を納めていくからです。ずっと払い続けてきたのに急に来年から開始年齢を引き上げるということは現実には不可能なのです。相当な時間をかけ、さらに経過措置として「特別支給の老齢厚生年金」といった制度も併せて作りながら徐々に変えていくしかありません。そして2021年現在進んでいる引き上げが全て完了するのは2030年ですから、9年後です。

将来平均寿命が90歳とか100歳という時代が来れば再び引き上げが検討されるでしょうが、その時期は少なくともこれから10年や20年の内に来ることはないでしょう。今の現役世代の多くの人たちにとっては支給開始年齢が65歳というのはほぼ既定の事実と考えて良いと思います。

また、受給開始時期を遅らせた方が国にとっては有利になるというのも間違いです。65歳から70歳まで受給開始を遅らせる場合、1カ月ごとに0.7%ずつ支給額が増えます。5年間遅らせると42%増えることになるのです。これがもし受給開始を遅らせても支給額が変わらないのなら、国が有利になるというのもわかりますが、遅らせた分だけ支給額は増えますし、逆に「国に早くたくさん払わせてやろう!」と思って60歳から受給を開始しても1カ月につき0.5%ずつ減りますから、5年早めると受取額は30%減ります。

年金制度の収支というのは数理計算によって決められていますので、結局、受給開始時期は遅らせても早めても財政的には中立になるように設計されているのです。

ちなみに今回の改正では繰り上げの場合、1カ月ごとに0.5%減額ではなく0.4%となりましたので、5年繰り上げると減額幅は30%ではなく、24%となります。これも別に大盤振る舞いをしたわけではなく、数理計算で年金財政的には中立となるので変更になったというだけのことなのです。

受給開始時期の選択肢が広がる意味

受給開始時期を選択できるという事実は最近では比較的よく知られるようになりましたが、その際に必ず出てくる話題が「何歳から受け取るのが得か?」という話です。私も雑誌の取材でよくこの手の質問を聞かれることがありますが、そんな時、私は質問者に対して「あなたは何歳まで生きるということが決まっていますか? それを教えてくれたら何歳から受け取るのが得か計算してあげます」と答えるようにしています(笑)。

そんなこと誰もわかりませんよね。たしかに繰り上げ、繰り下げの場合と65歳受給の場合に受け取り総額が何歳で逆転するかというのは計算することは可能です。

しかし、それを計算しても意味があるのでしょうか? 60歳から繰り上げで受給した場合、長生きすればするほど65歳から受け取り始めた人との差が開いていきます。繰り上げで得をするのは、早く死んだ場合です。

逆に繰り下げで受給を待機している最中に死んでしまったら年金は1円も受け取れませんから、たしかに損ですね。しかし、そもそも死んでしまったら得も損もありません。年金の本質は「保険」、それも長生きした結果、お金がなくなってしまうというリスクに備えるためのものですから、可能であれば繰り下げをして晩年に受け取る金額を手厚くしておく、すなわち保障額を大きくしておいた方が安心なのではないかと私は考えます。実際に私も現在69歳ですが、働いて厚生年金保険料を納めており、年金はまだ全く受け取っていません。

要するに、年金受給開始時期を決めるのは、損得ではなく自分のライフプランをどうするかで決めるべきなのです。今回、選択肢が広がった背景も単に平均寿命が伸びたというだけではなく、それに伴ってライフプランが多様化してきたということだと思います。

今回の改正で受給開始時期が75歳まで拡大されましたが、もし受給開始を75歳にすれば受給額は65歳から受け取り始めるのに比べて84%増えます。これだけ増えれば老後の生活はかなりゆとりができると思います。

だからといって、誰もが75歳にする必要はありません。たまたま定年後も仕事を続けることができ、70歳を超えるまで働くことができるのであればそういう選択肢もありますが、逆に60歳で定年を迎えた後は、のんびりと過ごしたいのであればそこから年金を受け取り始めたってかまいません。その人が仕事を何歳まで続けるのか、どんなスタイルで生活をするのか、家族構成はどうなのか、といった項目によって受け取り方の選択肢は変わってきます。

さらに言えば、公的年金だけが老後の生活をまかなう唯一の手段というわけではありません。土台であることは間違いありませんが、それ以外にもサラリーマンなら企業年金のある場合もありますし、個人でiDeCoやNISA等の資産形成手段を使って老後に備えてきたお金もあるでしょう。その金額の多寡や内容によって公的年金の受け取り方は変わっても良いと思います。

大事なことは「個人の多様なライフプランに合わせた計画が組めるように制度の選択肢が広がった」ということです。これこそが今回の法改正による受給開始時期選択肢拡大の意義だろうと思います。

著者 大江英樹

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