“最悪”で始まったガンバ大阪、「カタノサッカー」の浸透度と可能性

2022シーズンを戦うガンバ大阪の台所事情は、控えめに言っても「最悪」といっていいだろう。

開幕直後にエースFW宇佐美貴史が右アキレス腱断裂で今季絶望に。さらに守護神の東口順昭、続いて主将MF倉田秋が負傷離脱し、5月14日に行われた柏レイソル戦の直前には合計7選手の新型コロナウイルス感染が発表された。

こんな状態で苦しまないほうが難しい。それでも彼らはJ1リーグ4位と好調の柏を敵地で1-0で下し、今季初の連勝を飾るとともに順位も10位へと浮上している。

そんなチームを率いるのは、昨年まで大分トリニータを6年間率いた片野坂知宏監督だ。

大分では最初の3年でJ3からJ1へと2段階昇格すると、J1昇格後も旋風を巻き起こし、J1からJ3まで全てのリーグ優秀監督賞を受賞。その独特な戦い方により「カタノサッカー」と称される知将である。

チームは5月21日にはセレッソ大阪との「大阪ダービー」を迎える。今回は、そんなG大阪の現状と「カタノサッカー」の浸透度を紐解いていこう。

10個のタイトルを獲得した「中間管理職」

片野坂監督にとってG大阪は選手として2000年8月から1年半プレーした古巣である。

コーチとしても2度の在任期間(2007-2009年、2014-2015年)で5年間指導し、特に2度のJ1リーグ制覇や2008年のAFCチャンピオンズリーグ優勝など、コーチとして在籍したシーズンの全てでタイトルを獲得している。

また、2010年から2013年まで在籍したサンフレッチェ広島でもJ1を2連覇。西野朗、ミハイロ・ペトロヴィッチ、森保一、長谷川健太とJリーグ史に残る4人の名将の参謀として、在籍したクラブに合計10個の主要タイトル獲得に携わっている。

選手と監督の間を取り持つ「中間管理職」としても最大級の功績を残す優秀な指導者だ。

今季就任した片野坂監督

そんな片野坂監督の「カタノサッカー」といえば、何といっても3バックが代名詞であろう。

最終ラインがGKを使いながら自陣内で緻密にパスをまわしながら攻撃を組み立て、相手のプレスを交わしていくビルドアップから始まる。

そして、相手が押し上げて来た瞬間、前線へと高精度のロングフィードを送る戦術は「疑似カウンター」と形容される。

しかし、大分でも就任早々は最終ラインでのパス交換から相手にボールを奪われてピンチを迎える回数が多かったように、今季のG大阪でも開幕直後から同じような場面は頻発していた。

当時の大分はJ3だったが、現在のG大阪はJ1である。このような場面は失点直結になることが多く、リスクが高い。

そして、開幕当初から採用していた3バックから試行錯誤の時を経て、オーソドックスな[4-4-2]へと着地してから結果が出始めている。

チームを変えた新加入の2人

代名詞である3バックをあっさり取り下げたようにも思える。しかし片野坂監督は大分時代の1年目も年間通して[4-4-2]を採用している。

重要なことは、自身のスタイルや哲学を貫くことが「カタノサッカー」ではないということだ。

自チームの戦力やリーグ内での力関係などを踏まえて戦術を調整する。1つ1つの試合では、「相手を見てサッカーをしている」。試合をこなすことは、「カタノサッカー」のケーススタディを増やすことに繋がる。

彼の算段では、J3では大分の選手達の個の能力で勝てるが、J2では厳しい。だから、戦術を緻密に準備していく。それがJ1昇格やJ1での躍進にも繋がったのだ。

片野坂監督の大分は昨年天皇杯のファイナリストになった

片野坂監督は、4-4-2を採用した理由に「強度」を挙げている。

緻密さよりもボールを奪ってダイレクトにゴールに向かうプレミアリーグのチームに似た強度の[4-4-2]は、1対1のデュエルに強い選手の存在あってこそ機能する。

象徴的なのは新加入のMFコンビであろう。

すでに2ゴールを挙げているブラジル人MFダワンは、自陣と相手陣両方のペナルティボックス近くでボールに絡める「ボックス・トゥ・ボックス」なMF。自身の憧れである元ブラジル代表MFパウリーニョのような得点力も兼備している。

元U20日本代表の主将MF齊藤未月も近いプレースタイルを持ち、リーダーシップも際立つ。2人のポジション(役割)は「ボランチ」ではなく、英国型の「セントラルMF」だろう。

ダワンは来日からの隔離期間、齊藤は長期の負傷離脱から来るコンディション不良によってチーム合流は遅れたが、2人が状態を上げて来てからは中途半端だったチームに軸ができた。

見えて来た「カタノサッカー」の浸透度

ただベースのシステムは変わっても、攻撃時と守備時で異なるフォーメーションをとる“可変システム”は健在だ。

顕著な例は攻撃時に左SBを押し上げて3バック化するもの。当初は昨年右SB起用で苦しみ、著しくパフォーマンスを落とした小野瀬を高い位置でプレーさせたい意図に思えたが、ここへ来て大卒3年目の左SB黒川圭介の急成長によって、変化が出て来た。

日本代表経験を持つベテランの藤春とは左利きやプレースタイルだけでなく、走り方まで似ている気がするが、適性はSBよりも1列前のウイングバックにある。

藤春を彷彿とさせる黒川圭介

黒川の攻撃参加によって左サイドハーフは内側のシャドーに入ることが多いが、逆にシャドーに入るアタッカーがサイドに流れ、内側のスペースに黒川が攻め上がっていく回数が増えて来た。

外側からも内側からも崩しの起点になれる黒川の存在でチームの攻撃に「幅」と「奥行き」が出来ることで、ボランチのダワンがゴール前まで攻め上がって厚みのある攻撃を仕掛けられる。

後方からのフィードも正確で、プレータイムも増えて自信もつき、守備にもアグレッシヴな彼の成長は藤春の奮起も促している。

そして、怪我の功名か?絶対的守護神の東口が長期離脱する中、チャンスを掴んだGK一森純が目覚ましい活躍を見せている。

東口の穴を埋める一森純

度重なる危機に神憑り的なセーブやPKストップで3試合連続完封を記録。ボール保持時はDFラインに上がってフィールド選手と遜色なくビルドアップする一森は、東口以上に「カタノサッカー」に適しているといえる。

また、新加入の韓国代表のセンターバック(以下、CB)クォン・ギョンウォンは昨季まで3年間に渡って守備の要として活躍したキム・ヨングォンの存在を忘れさせるほどの実力者。前任者よりも対人に強く、「ヨン様」同様に左利きであるのも希少価値が高い。鋭く速いグラウンダーの縦パスは角度をつけやすい3バックの左側でより活きるだろう。

開幕からなかなか結果が出なかった「カタノサッカー」は、徐々に浸透してきているのではないだろうか。

宇佐美や家長に続く逸材・中村仁郎

そして、プラスアルファの要素は、現在リーグで3試合連続の先発を勝ち取っている18歳のMF中村仁郎の独創的なプレーだ。

左利きの中村は下部組織出身で、すでに2019年にはガンバ大阪U23の一員としてJ3リーグにデビュー。翌年にはJ1デビューも果たしているが、この野戦病院状態の中でブレイクの時を迎えている。

18歳の中村仁郎

家長昭博(川崎フロンターレ)や宇佐美、堂安律(PSV)に続くガンバアカデミーが輩出した逸材である中村は柔らかいボールタッチからキープにも突破にもかかれる独特のリズムのドリブルと予測不可能なパスセンスで魅せる“ガンバユースらしさ”を体現する選手だ。

他の選手が「狭い」と感じるスペースでも窮屈そうにせずに高い技術で難所を抜け、自ら突っ込んでいく度胸のある仕掛けも見せる。アイデアマンでもある中村の存在は、「ポスト遠藤時代」に攻撃のバリエーションを増やす意味でも大きい。

このように、トップチームは片野坂監督や参謀の安田好隆ヘッドコーチの指導により、ポジティヴな方向にシフトしていくだろう。

一方、現在はG大阪自慢のアカデミーの方が危機を迎えている。Jリーグや日本代表、海外クラブでも活躍する数多くの選手を育てて来た上野山信行氏、鴨川幸司氏、梅津博徳氏の3名が同時にクラブを去ったのだ。

表向きの退任理由は挙げられているが、3人同時に退任するのは“何か”があったからだろう。

2021年からアカデミー・ストライカーコーチに就任したOBの大黒将志氏は、「ガンバユースの特徴である“止めて蹴れる上手い選手”のイメージが薄くなってきている」と危惧する。

元日本代表FWの大黒将志氏

現在のG大阪のアカデミーは現代サッカーの要素を重視しすぎて、“ガンバらしい”柔らかいボールタッチや閃きのような自由な発想力を大事にする選手が少ない。

大黒氏は「上野山さんたちから指導を受けた自分達がガンバユースらしさを継承して指導していきたい」と言うが、本来は上野山氏たちから大黒氏までの間にバトンを渡すべき指導者はいたはずなのに、それが渡っていないのが気になる。

現在、ライバルであるC大阪にはアカデミーの技術委員長として風間八宏氏が指導に当たっている。

絶対王者・川崎に「止めて、蹴る、外す、運ぶ、受ける」の基礎を植え付けた指導者が「指導者の指導」をしているのだ。今をときめく高校生Jリーガー・北野颯太を筆頭に、C大阪の原石たちが眩い光を放っている。

ただG大阪も大黒氏が直々に指導して来たFW南野遥海が前節・柏戦で北野と同じ高校3年生ながらJ1デビューを果たした。

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隣の芝生は青く見えるかもしれないが、G大阪は自分たちが“蒼い”ことをポジティヴに捉えつつ、クラブとしての原点を見つめ直すべきだろう。大阪ダービーはガンバの南野とセレッソの北野の南北対決にも期待したい。

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