「実は国民のほとんどがウクライナ侵攻に反対」ロシアに抗議のベラルーシ人女性 “兄弟のような国”の痛みに日本で寄り添う

抗議行動に参加したツァゲールニックさん=3月、札幌市

 ロシア軍がウクライナに出撃する拠点となったベラルーシ。札幌市で暮らすベラルーシ人のタッチャナ・ツァゲールニックさん(35)は、侵攻開始後、毎週日曜日にJR札幌駅南口で開催されていたロシアへの抗議行動に参加している。旧ソ連の構成国で、ロシアとの関係を深めるベラルーシの女性が、なぜロシアを批判するのか。背景には「兄弟のような国」というウクライナの痛みに寄り添いながら、母国の文化と言語を守ろうとする強い思いがあった。(共同通信=青柳絵梨子)

 動画はこちら

 https://www.47news.jp/7675364.html

 ▽弾圧恐れる市民を代弁

 「ロシア軍によるウクライナへの侵攻 ベラルーシの占領をやめろ!」。3月下旬、観光客が行き交うJR札幌駅南口で開かれた抗議行動で、ツァゲールニックさんが手作りのプラカードを掲げた。有志の若者が呼びかけた抗議行動は、ロシアが侵攻を開始した2月下旬から始まった。次第に参加者が増え、この日は主催者発表でウクライナ人を含む約200人が参加。それぞれがマイクを握って平和を訴えた。

ツァゲールニックさんが参加した抗議行動=3月、札幌市

 ツァゲールニックさんはほぼ毎週、抗議行動に参加している。ベラルーシ国内では市民が弾圧を恐れ、戦争反対の声を上げることは難しい。彼らの声を代弁しつつ、日本の人々にベラルーシの事情を伝えることが目的だ。「ベラルーシ人のほとんどが戦争に反対している。ロシアに協力しているのは政権を違法に掌握している独裁者です」と訴える。

 ▽ロシアとの「蜜月」

  

 ベラルーシはロシアの西方に位置し、ウクライナと国境を接する。外務省によると、2020年1月時点の人口は約940万人、公用語はベラルーシ語とロシア語だ。
 「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領は20年8月の大統領選で6選。ロシアと国家統合を目指す条約を結ぶなど関係を深める。一方で、大統領の不正を疑う市民の抗議デモが拡大。反政権派への弾圧は欧米から批判を浴びている。

ベラルーシのルカシェンコ大統領=2021年5月、ミンスク(タス=共同)

 ウクライナ侵攻でベラルーシはロシア軍の出撃拠点となり、国内からは弾道ミサイルが発射された。ロシアのメディアは、核兵器を持たず中立を保つとの憲法条項削除が国民投票で承認されたと報じており、ロシアの核兵器配備の恐れも高まる。

 「ベラルーシは近世以降、自分たちの意思で他国を攻撃したことはなく、それが私たちの誇りでした。今はいつベラルーシ軍がウクライナに侵攻するかが心配です」。ツァゲールニックさんは表情を曇らせる。ベラルーシ人は隣国のウクライナの人々に兄弟のような親近感を抱いているといい、「彼らを攻撃するなんて恐ろしいこと」と懸念する。

ベラルーシとロシアとの合同軍事演習=2月、ベラルーシ(ゲッティ=共同)

 ▽民族のアイデンティティー

 ベラルーシの大学で東洋学を学んでいたツァゲールニックさんは07年、20歳の時に国際関係論を学ぶため東大に留学した。11年3月の東日本大震災で福島第1原発事故が発生し、チェルノブイリ原発事故(1986年)の記憶からベラルーシへ帰国したが、日本への関心が消えることはなかった。
 オランダの大学院でアジア学の修士号を取得後、2016年に北海道大院の博士課程に進学し、文化人類学を専攻。今は日本で結婚した会社員の夫、幼い娘の3人で暮らしている。
 19歳までロシア語の話者だったというツァゲールニックさん。日本語を学び、日本で異文化に触れるうち、母語であるベラルーシ語を意識するようになった。日本でベラルーシ語を学び、今は娘にも教えている。ずっと親しんできたロシア語を捨て、ベラルーシ語にこだわるのは、言葉が民族の独立と深く結びついているからだ。
 ツァゲールニックさんによると、ロシア帝政時代、ウクライナ人とベラルーシ人はロシア民族とされ、旧ソ連崩壊後もロシア語の使用などの同化政策が進められた。ベラルーシでは今も教育や役所の申請書などさまざまな機会でロシア語が優先されている。

ロシア南部ソチの黒海沿岸でルカシェンコ・ベラルーシ大統領(左)と過ごすプーチン大統領=2021年5月(ロシア大統領府提供、タス=共同)

 「ベラルーシ人の独立を守るために、ベラルーシ語を話すことが重要。プーチン大統領はウクライナ東部のロシア語を話す人々を守ると言って戦争を始めました。ベラルーシでロシア語を使い続けると、同じ口実で侵略される可能性がある」。ツァゲールニックさんは危機感を募らせる。

 ▽ウクライナの次はベラルーシ

 旧ソ連崩壊後、市民革命を経てロシア離れと民主化が進んだウクライナ。ベラルーシ人の多くが独自の言語と文化を取り戻しつつあった隣国をうらやましく感じていただけに、侵攻で受けた衝撃は大きい。
 ロシアによる侵攻の結果は、ベラルーシの未来にもつながっているとツァゲールニックさんはみる。ウクライナが勝利すればプーチン大統領の権勢は弱まり、ルカシェンコ政権にも影響があるかもしれない。だが、ウクライナがロシアに屈すると、次はベラルーシが侵略される可能性がある。「旧ソ連構成国のモルドバやリトアニア、さらにポーランドも危険にさらされる恐れがあります」

抗議行動に参加したツァゲールニックさん(中央)=3月、札幌市

 ツァゲールニックさんは抗議行動の後で、持参した白、赤、白の色が並ぶ国旗を見せてくれた。帝政ロシア崩壊後の1918年に独立を宣言したベラルーシ人民共和国のものだ。翌年に旧ソ連白ロシア共和国が成立し国旗は取って代わられたが、今なおベラルーシで自由や独立を求める人々が掲げ続けている。
 ツァゲールニックさんは「この国旗は私たちが昔から国家を持っていたという歴史の証明であり、帝政ロシア時代に長く否定されてきたベラルーシ人が、自分の言語と文化を持つ民族であるという象徴なんです」。
 隣国が誇りをかけた闘いを続ける限り、活動を止めるつもりはないという。「ウクライナを一生懸命支援し、ベラルーシの歴史や文化、誇りも絶対に守ります」と力強く語った。

© 一般社団法人共同通信社