ウクライナ避難民の陰で置き去りに 「仮放免」の外国人たち   就労禁止、健康保険もなく八方ふさがり

記者会見で仮放免者の窮状を訴えるミャンマー出身の難民申請中の男性(右)=今年3月8日、厚労省

 出入国在留管理庁(入管庁)は2年前、非正規滞在の外国人の収容を一時的に解く仮放免の活用を打ち出し、多くの人が社会に戻った。コロナ禍で収容過密状態の解消を迫られたためだ。

 だが、仮放免者は働くことが禁じられ、健康保険にさえ加入できない。ウクライナからの避難民が注目される陰で、置き去りにされる人たちの危機を追った。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

 ■仮放免者の現状は?

 まず仮放免を巡る現状を整理しておきたい。

 非正規滞在で退去強制令書が出された外国人の大半は国外に退去しているが、「祖国に帰されたら迫害を受ける。私は難民です」と訴えている人たちや、日本に家族がいたり、長い間日本で暮らして祖国の生活基盤を失ったりした人たちは、帰るに帰れず、出国に応じない。

 東京五輪開催の年までに「安全・安心な社会の実現を図る」として、入管当局は2016年ごろから「わが国社会に不安を与える外国人を大幅に縮減する」方針を打ち出した。

 具体的には退去強制令書が発付されても出国を拒む人たちを「送還忌避者」と位置付け、身柄の拘束や収容を徹底した。13年末に914人だった収容者は、19年6月末には1253人と急増し、収容期間も長期化していった。

 しかし、コロナ禍を受けて過密状態の解消に迫られた入管庁は20年4月、仮放免を積極的に活用する姿勢に転じた。これにより21年12月末の収容者は124人と激減した。

 身体的自由を奪われる収容より、仮放免の方がましなのは確かだ。だが、現状の仮放免制度は就労を禁じ、健康保険にも加入できない。そのような状態で、今の日本社会でどうやって生きていくのか。仮放免者の間に健康を害する人、生活に困窮する人が増えている。

 ■200%の医療費負担なぜ?

 健康保険がない人たちの医療はどうなっているのか。

 11年前に来日した南アジア出身の男性(36)から話を聞いた。日本語が上手で、問題なく意思疎通できた。

 男性は難民申請が認められず、退去強制令書が出され、これまでに2回、入管に収容された。昨年4月、1年ぶりに仮放免となり、近く結婚する同胞の女性(40)、義父(66)、義弟(19)と一緒に暮らす。女性には在留資格があるが、義父は仮放免のため健康保険には加入できない。

 義父は4年ほど前から脳梗塞を患っていたが、今年3月31日、足が動かなくなった。かかりつけのA病院に行き、検査で血管が詰まっていることがわかった。満床で入院できず、近くのB病院に入院した。

 翌朝、B病院から「保険証がないなら医療費は高額になる」と電話が入った。面談すると「2週間の入院で300万円以上」と告げられた。通常の全額自己負担の200%だという。

 コロナ禍以前、医療水準の高い他国で医療を受ける「医療ツーリズム」が推奨され、日本でも外国人富裕層向けの自由診療に高額の医療費が設定されるようになった。そのあおりで保険を使えない非正規滞在の外国人にも驚くような金額が請求されているのだ。

 男性は地元の市役所に相談したものの「何もできない」と取り合ってもらず、仮放免手続きを担当する弁護士に相談、無料低額診療を実施している市外のC病院を教えてもらった。

 そこでB病院に「300万円は払えないので退院させたい。C病院宛ての紹介状を出してほしい」と伝えた。しかし「家族が勝手に連れ帰るのならば責任は取れない。二度と連れてこないように」と言われ、紹介状も断られた。歩くことも話すこともできない状態で午後8時、2日分の入院費16万円を分割払いにすることにして退院した。

 翌朝、義父の容体が悪かったので約40キロ離れたC病院へ。ところが土曜日で「きょうは担当の先生がいないので何もできない。月曜日にもう一回連れてきて」と言われてしまう。月曜日に再びC病院を訪ねたところ「病院間で協議してA病院が医療費の自己負担100%で受け入れることになった」と告げられた。結局、A病院まで戻って義父を入院させた。

 ほっとしたのもつかの間、4日後にA病院から「容体は変わらない。お金がかかるだけなので、もう自宅に連れ帰っていい」と伝えられる。退院時の請求は45万円に上った。現在は、通院で治療を受けている。

 重い病の義父を抱えて、病院を右往左往した挙げ句、高額の医療費請求が突きつけられた。男性は「日本は一番大好きな国、自分の国のようだし、外国人だからと差別されたことはなかった。けれども病院で医療費が200%などと言われて、日本人との差を見せつけられた。人間ってみんな同じなのに」と悲しげに語った。

 ■働きたくても働けない

 就労禁止はどう影響しているのか。

 日本人の妻と、日本国籍を持つ2人の幼い子どもと暮らすアフリカ出身の男性(47)に会った。達者な日本語で曲折を語ってくれた。

 日本に来たのは22年前。これまでに、日本人の前妻との結婚と離婚を経験した。在留特別許可を取得し、会社も経営したが、リーマン・ショックで苦境に立たされ、盗品売買で摘発され、服役した。退去強制令書を発付されたが、現在の妻と結婚、子どもたちにも恵まれた。入管に収容されたのは18年8月。昨年7月、3年ぶりに仮放免となった。

 自ら金を稼いで自立できない、それは人としての尊厳、誇りを奪う。男性は「奥さんだけが働いていて収入は厳しい。私は働きたい、働いて家族を守りたい、なのに何もできない。家族を苦しめたくない。毎日がつらい」と訴えた。

 男性のケースを担当している駒井知会(ちえ)弁護士は、入管収容中に面会した際の言葉が忘れられないという。

 「僕は日本に住んで長いのでよくわかるが、大坂なおみのように大活躍している人は別として、アフリカ系の特徴もある子どもたちは学校に上がるといじめられることもあるだろう。その時、親としての責任がある私は『君たちは素晴らしいんだ』と言って抱きしめてあげなければならない。だから帰れない」

 男性は家族への思いを、私にも語った。「日本に住んでいなかったら、かわいい息子と娘には出会えなかった。自分のことはいいから、子どもたちの未来がよくなるようにしたい」

 ■生死のボーダーライン

 外国人の生活困窮者を支援している北関東医療相談会事務局長の長沢正隆さんは「在留資格の有無が、生き死にのボーダーラインになっている。在留資格がない人は死んでしまっていいのか」と語気を強める。

 仮放免の人たちに対する同会の医療支援額はこの3年で跳ね上がっている。18年度が47件計113万円だったのが、21年度は今年1月までで102件計838万円余り。

 昨年11月に実施した無料の医療相談会で健診を受けた66人のうち65人が「再検査・精密検査」「要治療」「要経過観察」にあてはまり、残る1人が「日常生活に支障のないわずかな異常」だった。

 長沢さんは「支援でもらった食事だと、栄養のバランスを考えて食べるのが難しいし、食べられる時にがっつり食べてしまうから太りがちになる。生活習慣病にかかっても、病院に行くお金がないので我慢して悪化させてしまう」と語る。

 入管庁は昨年11月、コロナ収束を見据えて仮放免の運用厳格化の動きを見せている。つまり、制限付きの自由すら奪われて、入管に再収容される恐怖が常に離れない。それは経験者が「悪夢」と口をそろえる日々だ。

 ウクライナから避難してきた人たちに対する支援は欠かせない。だが、そのことで他の厳しい境遇にある外国人を置き去りにしてはならない。ミャンマー人やアフガニスタン人、クルド人らも、難民と認めるべき人たちは難民認定するべきだ。

 あらゆる人たちの人権を最大限に認め、持てる能力を発揮できる社会を目指すなら、仮放免者たちにも社会参加してもらうことが大切だ。

 そうすれば、彼らは社会の一員として、税金も健康保険料も納めることになる。生命に関わる医療を遠ざけ、働く意欲を否定することは、個人の尊厳を否定することであり、あってはならない。

スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん。入管施設収容中の死亡は仮放免の運用にも問題を投げかけている(遺族提供)

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