単純な「与党対野党」ではない県知事選 新潟県知事選挙現地レポート(畠山理仁)

新潟県庁

単純な「与党対野党」ではない県知事選

新潟県で「4年に一度の熱い戦い」が繰り広げられている。5月12日告示・5月29日投開票の新潟県知事選挙だ。

「現職と新人の一騎打ち」「原発再稼働が争点」「人口減少も問題」
県内を回るとそんな声が聞こえるなか、17日間の選挙戦はいよいよ最終盤を迎えている。
この知事選挙に立候補しているのは、いずれも無所属の2人だ(届出順)。

花角英世(はなずみひでよ) 64歳 現職
元海上保安庁次長、元新潟県副知事
自民党、公明党県本部、国民民主党県連が支持

片桐奈保美(かたぎりなおみ) 72歳 新人
住宅建設販売会社副社長、新潟経済同友会副代表幹事
共産党、れいわ新選組、社民党が推薦

【写真説明】新潟県知事選挙のポスター掲示場。県内9939カ所にある

国政では長らく自公政権が続いている。

しかし、今回の新潟県知事選挙は「与党対野党」のわかりやすい構図にはなっていない。自民党、公明党だけでなく、国政では野党の国民民主党も現職の花角英世氏を支持しているからだ。

また、立憲民主党や国民民主党の支持母体である「連合新潟」は、花角氏が出馬表明(2月16日)をする前の1月26日に「花角氏が再選を目指して出馬すれば支援する方針」をいち早く決めていた。

一方、新人の片桐奈保美氏が出馬表明をしたのは3月17日。

しかし、立憲民主党は3月21日に特定の候補を支持しない「自主投票」の方針を決めた。日本維新の会の県組織「新潟維新の会」も5月7日に特定の候補を支援しない方針を決めた。

どちらも独自候補を立てられなかった点では同じだが、「自主投票」の方針を決めた立憲民主党に対する有権者の見方は厳しい。

新潟維新の会は4月に発足したばかりだが、立憲民主党は新潟県で衆議院議員3人、参議院議員2人、合計5人の国会議員を抱えているからだ。そのため県民からは「立憲は不戦敗」「煮え切らない」との声も聞こえてくる。

そんな事情を聞いたからなのか、知事選告示の2日前である5月10日午前、永田町で取材を続ける大先輩の記者が私に電話をかけてきた。

「お前は新潟行くの? おれは行かないことにしたよ!」

 驚いた。この先輩は先月、「新潟県知事選にはおれも行くからお前も来い。新潟は広い。手分けして取材するぞ」と言っていた。私はその言葉を信じて宿を予約していた。

「野党第一党の立憲民主党が『自主投票』なんだから話にならないだろ! 新潟が地元の西村ちなみ幹事長も告示日に新潟に入らないっていうし。これじゃあ仕事にならない。お前は行くの? あ、そう。じゃあがんばって」

大先輩からの梯子外しには驚いた。しかし、それでも私は新潟へと向かった。選挙の現場にハズレはない。現場では必ず「面白いこと」が起きる。

私は自分が投票できない選挙でも、絶対に「何らかの学び」があると信じているからだ。

「第一声」なのに候補者不在でスタート

告示日は両候補の「第一声」から取材することにした。幸運なことに、花角氏も片桐氏も新潟駅で第一声を行うという。しかも、片桐氏は8時40分から新潟駅南口広場、花角氏は9時15分から新潟駅万代口。時間がずれているため、私一人でも両候補の演説を聞けそうだ。こんなに効率よく取材できることは滅多にない。普通は時間が丸かぶりする。

ここから先は時系列で話を進めるため、本稿での紹介順は「第一声」の開始時刻順としたい。読者に無用な混乱を招かないためにもどうかご了承いただきたい。

朝8時に新潟駅南口広場に向かうと、すでに片桐氏の支援者たちが150人ほど集まっていた。片桐陣営のイメージカラーは青と黄色のウクライナカラーである。「やっぱり危険だった原発 再稼働させません」と書かれたのぼりを持つ人が何人も集まっていた。

街宣車の前には、前新潟県知事の米山隆一衆議院議員(無所属)、立憲民主党の森ゆうこ参議院議員、黒岩宇洋前衆議院議員らが並んで待っている。ところが、肝心の候補者である片桐氏本人の姿が見当たらない。聴衆の間を挨拶に回っているのかと探しても見当たらない。

開始時間の8時40分になっても現れない。もっと驚いたのは、「第一声」の演説会が候補者不在のままスタートしたことだ。

【写真説明】片桐陣営の「第一声」。このときはまだ候補者が到着していない

「えっ? そんなのアリなの!?」

 前代未聞の事態に混乱していると、司会者の女性が候補者不在の理由を説明した。

「今、ここに片桐奈保美はおりませんが、柏崎市の荒浜で決意表明の集会をして、新幹線に乗ってこちらに向かっています。『新幹線の中で走っている』そうです(笑)」

司会者が走る様子を身振り手振りで表現すると、聴衆から笑いが起きて緊張が溶けた。気分が高揚する選挙の現場は笑いの沸点が低い。些細なことでも笑いが起きる。

この日の朝、片桐氏が柏崎市の荒浜で決意表明をしたのには理由があった。荒浜には世界最大の原子力発電所、東京電力柏崎刈羽原子力発電所があるからだ。42年以上前から反原発運動を続けてきた片桐氏は、そこで支援者とともに風船を空に飛ばしてから第一声の会場に駆けつけるのだという。

私が「なぜ風船?」と首を傾げていると、現地で取材してきた記者が教えてくれた。

「天然ゴム製の風船には返信ハガキがついているんです。もし、原発が事故を起こして放射性物質が放出された場合、どこまで届くかの目安になる。原発は柏崎だけの問題ではないことを県内外に広くアピールする狙いだそうです」

 その記者は現地で取材した後、車で高速道路を走って第一声の場に駆けつけていた。新幹線で移動した片桐氏よりも早い到着だった。

片桐氏不在のまま始まった演説会は、片桐氏の友人や知人がマイクをつないだ。片桐氏の「経営者仲間でもあり反原発仲間でもある」と名乗った三条市の男性は力強く訴えた。

「柏崎刈羽原発が安全に管理されて安全な原発であるなら、東京に持っていって動かせばいいじゃないか! 電力消費地の東京に移設して再稼働をするべきだと彼らに言いたい!」

東京電力福島第一原子力発電所事故により、福島県から新潟県に避難してきた女性も演説をした。柏崎刈羽原発も福島第一原発も首都圏の電力を支えた原発だ。

首都圏に電力を供給してきた地域の人たちは電力消費地である東京を強く意識している。
一方で、東京の人たちは原発立地地域に高い関心を抱いているとは思えない。そんな不均衡を考えさせられる演説だ。

東京の人こそ新潟県民の演説を聞くべきかもしれない。

「原発再稼働問題」は避けて通れない

森ゆうこ参議院議員(立憲民主党)、米山隆一衆議院議員(無所属)

片桐陣営の特徴は、政治的肩書を持たない市民も演説することだった。

そんななか、政治家として精力的に片桐氏を支援した人もいる。立憲民主党の森ゆうこ参議院議員と無所属の米山隆一衆議院議員だ。この2人は片桐氏の遊説に何度も帯同し、応援演説を重ねてきた。

もちろん、推薦を出している共産党の小池晃氏、れいわ新選組の山本太郎代表も応援演説に入った。選挙戦後半には菊田真紀子衆議院議員や菅直人元首相も新潟入りした。しかし、応援演説の回数では、森氏と米山氏が群を抜いている。

森氏は今夏に参議院議員選挙(新潟選挙区)を控えている。ところが、参院選で森氏を推薦する方針を決めた連合新潟は、知事選で現職の花角氏を支持している。

そのため今回の知事選では、花角氏と連合新潟の牧野会長、そして自民党から参院選新潟選挙区への出馬を表明している小林一大新潟県議会議員が同じ街宣車の上に並んで演説するシーンも見られた。

左から花角英世氏、二階堂馨新発田市長、牧野茂夫連合新潟会長、小林一大新潟県議会議員

知事選の後には、すぐに参議院議員選挙がやってくる。

「連合との関係は大丈夫なのか」と心配する周囲をよそに、森氏は片桐氏を応援する演説を続けていた。

「相手は現職の知事。そして目立った失点はない。一番難しい戦いだと思いますが、子どもたちの未来に、この新潟に原発を残すことはできないと多くの県民の皆さんが思っていらっしゃる。その皆様の思いが草の根のネットワークでつながったときに、片桐なおみ、片桐なおみ、新潟県に初めての女性の県知事を誕生させることができると思います!」

森氏に続いてマイクを握ったのは、前新潟県知事であり、衆議院議員でもある米山隆一氏だ。米山氏は新潟県知事だった4年前、女性問題を理由に任期途中で辞任した。

米山氏は「4年前に去った私が言うか、ではありますが」と前置きして会場の笑いを誘いながらも、現職の花角氏を激しく批判した。

「私は問いたいと思います! 新潟日報に比較の記事がありました。片桐さんはちゃんと『私は再稼働させません』。自分のやりたいこと、やるべきことを示しています。花角さん、『3つの検証が終わるまではわかりません』。何にも言っていない! でも、4年間あったんですよ。知事だったんですよ。やる気があれば、とっくに結論は出せる!」

これは新潟県外の人には解説が必要な演説だろう。

『3つの検証』とは、新潟県が独自に行なっている「福島第一原発の事故原因の検証」、「原発事故が健康と生活に及ぼす影響の検証」、「万一原発事故が起こった場合の安全な避難方法の検証」のことを指している。

花角氏はこの検証結果が出るまでは「(原発)再稼働の議論をしない」と明言してきた。

しかし、知事就任から4年が経った今も検証結果は出ていない。米山氏はそこを批判していた。

片桐氏を支持する人たちの中には「検証結果が出たら花角知事は再稼働するんじゃないかと強く疑っている」と言う人たちがいた。

米山氏の演説が終わる頃、ようやく“新幹線の中で走っていた”片桐氏が第一声の会場に到着した。すぐにマイクを渡された片桐氏は「ウクライナとロシアの戦争」が出馬のきっかけであることを説明した。

新人の片桐奈保美氏

「なんとしても戦争は止めなきゃなんない! ウクライナの子どもたち、市民が逃げ惑う姿を見て、いても立ってもいられなかった。柏崎刈羽原発が、もし、万が一、攻撃されて、新潟県民の皆さんが逃げ惑う姿は見たくない! そんなことになってはいけない! そのことを思って立候補することにしました!」

演説の最初には必ず原発問題を持ってくる片桐氏だが、今回の知事選で掲げる主要政策は4つある。

「原発なくして病院のこす」
「県財政をたてなおす」
「教育・子育てNo.1県へ!」
「新潟のおいしいおコメ、モノづくりの伝統を活かす」

片桐氏は出馬表明以降、相手陣営からたびたび「原発問題だけ」と批判されてきた。そうした経緯もあるため、街頭演説では経済政策にも力を込めていた。応援弁士も経営者としての片桐氏の横顔を紹介する演説をした。

片桐氏はハウスメーカーの副社長として、無借金経営で全国に70の支社を展開するまでに成長させた人物である。また、11年間、県物品等入札監視委員会の委員を務め、県財政を見てきた。

片桐氏はその経験をもとに、「県は高い買い物をしている」「特定の同じ業者さんがいい思いをしている」と入札改
革を訴えていた。

「1兆3000億円と言われている県税。私はこのムダを1割は減らせると思っています。ひょっとしたら2割減らせるかもしれない。約1割、1300億円を減らしただけで、いろんなことができます。福祉、教育、県民サービスにきちっと充てる。新潟にはいろんな産業、自然、農家の米作りも素晴らしいものがいっぱいあるわけですから、『新潟産業再生プロジェクト』を作って、中小企業・地域産業を全力で応援します!」

片桐氏は演説が終わった後、メディアからの取材にも気さくに答えた。私が「片桐さんにしかできないことは?」と聞くと「女性の活躍をどんどん進める。これは私がこれまでやってきたこと。私にしかできない」と力強く話した。実際に片桐氏の選挙戦を支える人たちも女性の比率が多かった。

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