破壊された国際秩序、「異質な大国」ロシアにどう向き合うか 「識者に聞く」ウクライナ侵攻インタビュー・欧米編

左からイアン・ブレマー氏(本人提供)、マルチン・ブジャインスキ氏、ルイス・シモン氏(共同)

 ロシアによるウクライナ侵攻で、第2次大戦後、平和と安定の基礎となってきた国際秩序は大きく破壊された。世界はこれからどう変わるのか。国際社会はプーチン政権の行為にどう向き合うべきなのか。地理的に近く、何十年も異質な大国ロシアと対峙してきた欧州と米国は、危機感を一段と募らせている。3人の識者に聞いた。(共同通信外信部)

 ▽ロシアと欧米「永続的断絶」 対中新冷戦、侵攻が後押し【米国際政治学者のイアン・ブレマー氏】

 ウクライナに侵攻したロシアは西側世界、特に欧米先進国から外交的にも経済的にも永続的に断絶されることになる。世界中からではない。世界の大半がこの問題で西側につこうとしているわけではない。中国や新興5カ国(BRICS)もそうだし、民主主義だろうと独裁政権だろうと発展途上国はどこもそうだ。
 ロシア経済の大半が欧州を向いており、それが切り離されようとしている。(侵攻開始からの)8週間を通じプーチン・ロシア大統領が欧州で失った信用の大きさは信じ難いほどで、それは二度と戻らない。プーチン氏が権力の座にある限り、従来通りロシアと付き合うことはできない。
 恐らく欧州は2024年までにロシアからの天然ガス輸入を完全にやめることができる。欧州は以前から再生可能エネルギーへの転換に動いており、それを加速させるだろう。だが大きな連鎖反応も起きる。短期的には食料やエネルギーの価格が高騰し、長期的にはロシアと北大西洋条約機構(NATO)との多くの紛争につながるだろう。

集団安全保障条約機構の首脳会合で発言するロシアのプーチン大統領=5月16日、モスクワ(AP=共同)

 ロシアが中国の最大の友好国であることは変わらず、それが米中関係を悪化させている。米中の新冷戦に向かう可能性は増している。ウクライナ侵攻が後押しした。
 この紛争で、ロシアの核抑止がうまく機能したのかははっきりしない。米国やNATOが飛行禁止区域を設けず、ウクライナに兵士を送らないことで、ロシアとの直接対峙を避けようとしているのは事実だが、ほかには最新兵器の供給などあらゆることをしている。
 (8月に予定される)核拡散防止条約(NPT)再検討会議での議論は間違いなく困難になった。現在、西側とロシアの間でいかなる問題に関しても建設的な外交はない。核軍縮議論は「停滞」よりひどい状態だ。
 国連安全保障理事会は長年にわたり壊れている。世界的な力のバランスが国連創設時と合致していないからだ。世界で最も多国間主義と法治主義を支えている2カ国が常任理事国になれていない。その2カ国は第2次大戦で負けたドイツと日本だからだ。極めて愚かな理由だ。そしてロシアは常任理事国だが、たとえ戦争犯罪を犯しても排除できない。それは米国などの連合国と共に第2次大戦に勝ったからだ。
 指導国なき「Gゼロの世界」で、こうした劣化が進んでいる。かつてない緊急事態だ。(聞き手 山口弦二)
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 イアン・ブレマー 1969年生まれ。米スタンフォード大で博士号。フーバー研究所などを経て調査会社ユーラシア・グループ設立。著書に「『Gゼロ』後の世界」など。

 ▽東欧の安全、米関与が鍵 武器供与でロシアの勝利を阻め【カジミール・プワスキ財団(ポーランド)のマルチン・ブジャインスキ上級顧問】

 ウクライナはポーランドの隣国。ロシアの軍事侵攻は人ごとではない。わが国など東欧やバルト3国に対するロシアの侵攻や攻撃の脅威が高まっているのは確実だ。ポーランドは地政学的にも歴史的にもロシアの脅威にさらされてきた。彼らの思考方法を西欧よりも深く理解しており、危機を肌で感じている。
 特に危険なのは、旧ソ連構成国で北大西洋条約機構(NATO)に未加盟のモルドバやジョージア(グルジア)だ。NATO加盟のポーランドやバルト3国に対する軍事攻撃はないと考えているが、挑発行為やテロ攻撃はあり得ると思う。

ロシア軍の砲撃で破壊された建物=5月24日、ウクライナ・ドネツク州(AP=共同)

 各国はウクライナを破壊しようとするロシアの犯罪行為を目の当たりにした。その真の姿とうそが浮き彫りになった。結局のところ、ロシアがウクライナ攻撃を正当化する論拠は何もないのだ。だからこそNATOと欧州連合(EU)はロシアの勝利を許してはならない。ロシアの勝利は民主主義秩序の終わりを意味し、私たちの文明の終わりをも意味するからだ。
 ウクライナは自国の独立を守るためだけでなく、国際秩序や民主主義の価値観を守るために戦っており、多くの兵器を必要としている。私は高高度に対応する地対空ミサイルや戦車、航空機など可能な限りの兵器を供給することが欧米にとっての義務だと感じる。侵攻拡大を食い止めるため、今この瞬間にもロシア軍に多大な打撃を与えることが最も重要だ。
 ロシアの阻止に向け、各国ができることも多い。ウクライナ支援のほか、ロシア産ガスや原油の全面禁輸などロシアを経済システムから切り離し、孤立させる強力な制裁がそうだ。欧米や日本、オーストラリアなど民主主義国は一層連携すべきで、可能であれば中国とも新たな関係を構築することが必要になる。
 ポーランドについては米軍が今回の戦いを受けて多数の兵士を派遣しているが、さらに多数の兵士に常駐してもらいたい。ポーランドは最前線の国だ。米国の関与が明確であればあるほど東欧の安全は保たれる。
 ポーランドはこれまでに約300万人のウクライナ避難民を受け入れた。国民はそれを誇りに思っているが、社会が負担に耐えられる期間はそう長くないだろう。財政面を含めた国際的支援が必要だ。(聞き手 森岡隆)
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 マルチン・ブジャインスキ 83年、ワルシャワ生まれ。政治学者。安全保障政策や平和構築が専門。国連開発計画(UNDP)や国連児童基金(ユニセフ)でも勤務。

 ▽軍事重要性、目覚めた欧州 東アジア安保にも注力【ブリュッセル自由大・安全保障外交戦略研究所のルイス・シモン所長】

 ロシアのウクライナ侵攻は2014年のウクライナ・クリミア半島の強制編入や08年のジョージア(グルジア)との軍事衝突のような限定的な侵略とは違い、主権国家への全面侵略だ。欧州の安全保障にとって冷戦後、最も深刻な危機である。
 冷戦後の欧州安全保障の主な議論は危機管理や欧州以外での任務についてであり、欧州での抑止力や防衛の議論は軽視されてきた。今では主要議題はロシアなど大国を巡る抑止力と防衛に変化した。安全保障と防衛の重要性が再び欧州の政治的な議論の中心に戻った。
 ウクライナ危機によって、欧州は米国との関係がいかに重要であるかを再認識した。そして、安全を維持するための軍事力の重要性について欧州が目覚めるきっかけとなったようだ。

ウクライナ北部チェルニヒウ州で、壊された建物と車の脇を歩く男性=5月28日(ゲッティ=共同)

 皮肉なことに、ロシアは北大西洋条約機構(NATO)の拡大を阻止したいと主張していたのに、起きていることは逆だ。北欧のフィンランドやスウェーデンは以前からNATO加盟を議論してきたが、今日ほど深刻に考えていなかった。
 このことが欧州安全保障にとって良いのか悪いのか。いずれにせよ、われわれはもう戻れない所に来ていると思う。ロシアと国境を接している国々は安全の保証を求めているからだ。
 欧州と中国の関係は既に人権問題などで悪化していたが、欧州各国は現在、中国の暗黙の支持がなければロシアがウクライナ侵攻を維持することが非常に困難だと考えており、欧州の中国へのイメージは一層悪化した。
 米国や(日欧などの)主要な同盟国は今、欧州とアジアに現状変更を目指す二つの大国(ロシアと中国)が存在し、地域の安全保障や国際秩序の規範・ルールを脅かしていることを認識している。欧州とアジアの安全保障は互いに関連している。そのため、アジアにおける米国の同盟国は欧州の安全保障に、欧州の同盟国は東アジアの安全保障に注力している。
 欧州では、ウクライナ危機で日本が非常に積極的な役割を果たしたと受け止められている。日本はこれまで、理解できる理由でロシアと友好的な関係を持っていた。しかし現在、日本はロシアから距離を置きつつあるようだ。そして欧州の「法の支配」や民主的規範に対する支持をより明確にしている。(聞き手 田中寛)
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 ルイス・シモン 1981年、スペイン生まれ。米ジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院の客員研究員などを経て現職。

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