“挫折”と重圧を克服しル・マン初制覇の平川亮「疲労度は100%超え」よぎった2020年GT最終戦の悪夢

 6月11〜12日に行われた2022年WEC第3戦/第90回ル・マン24時間レースを制したのは、トヨタGAZOO Racingの8号車GR010ハイブリッド(セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮)だった。

 昨年限りで8号車のシートから退いた中嶋一貴TGR-E副会長に代わり、2022年シーズンからドライバーに抜擢された平川にとっては、最高峰カテゴリーへの挑戦初年度での初優勝となった。

 フィニッシュから4日後、7号車ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉とともに日本メディアのリモート取材に応えた平川は、レース中に戦っていた大きなプレッシャー、そして過去の“挫折”について口にした。

「初めてGRのドライバーとして臨んだル・マンで最終的に優勝できたことはもちろんうれしかったです」と日本人5人目のル・マンウイナーとなった平川は語り始めた。

「自分としてはここに来るまでいろいろとあって、挫折も何回もして。簡単に勝ったような感じでしたが、いままでのことを振り返ると……なんて言うんですかね、ホッとしたというか、自分を結構追い込んでここまでやってきたので、少し自分を褒めてあげたい、といまは思っています」

「もちろんこのシートに乗せていただいたことについて、モリゾウさんならびにたくさんの関係者の方々に感謝しています。また、僕ら8号車はクルマがまったく壊れなかった。メカニック、エンジニア、サプライヤーの皆さんには本当に感謝しています」

「僕としては初制覇でしたが、今後まだまだチャンスはあると思いますし、連覇に向けて頑張っていきたいと思います」

 平川のいう“挫折”とは、トヨタがスパとル・マンで3台体制を採った2017年に、3台目のドライバーになるチャンスがあったにも関わらず、オーディションの結果、そのシートを国本雄資に奪われる形となったことを指している。

 また、2018年以降にスーパーGT・GT500クラスのタイトルを獲り切ることができず、とくに2020年は最終戦の最終ラップでそれを逃したこと、さらに同年のスーパーフォーミュラ最終戦でも“あと1台抜けばチャンピオン”という状況を制することができなかったことも、平川は挫折として挙げる。

 ずっと2位。もう、勝てないかもしれない──最高峰カテゴリー初挑戦でのル・マン制覇達成の裏には、そんな心の葛藤もあったのだ。

ポディウム下のパルクフェルメに停められた8号車GR010ハイブリッド

■表彰台から見た景色に感じた“達成感”

 今回のル・マンでのレース中、平川は「普段の何倍も、何十倍も」プレッシャーを感じていたという。

 その原因についてトラフィック処理の難しさを挙げた平川は、「言い訳みたいにはなるのですが、ル・マンの前にWECでちゃんとレースをできていなかった感じがあった」と背景を分析している。

「(開幕戦)セブリングは順位をキープするようなレースでしたし、スパでは(トラブルで)レースを走れなかった。その状況で、いきなり7号車とのル・マンでの優勝争いに投げられた(放り込まれた)感じで、結構プレッシャーは感じていました」

 決勝での平川の3回のドライブのうち、2回目までは7号車との争いが繰り広げられていたが、3回目の乗車前には7号車にトラブルが発生。8号車としてはややイージーな展開となったように見えたが、平川のプレッシャーは“不安”へと形を変えた。

「7号車にトラブルが出てしまい、自分のことのように悲しかった。一緒に頑張ってきたのにトラブルが出てしまって……。さらに、こちらにもトラブルが出る可能性はあり、3回目に乗る前は急に不安になってきました」

 フィニッシュ直前、平川はピットでブエミと肩を組み、ハートレーが最終スティントを走る様を見守った。さまざまな困難とプレッシャーをくぐり抜け、栄光は目前。しかし、レースが最後の最後まで分からないことは、2016年のトヨタの例のみならず、平川は2020年のスーパーGT最終戦でも自分のこととして経験している。

「人生のなかでもあまり良くないというか……こう、気持ちの悪い時間帯でしたね。自分としてもGTの2020年最終戦で最終ラップで抜かれたこととか、いろいろなことを思い出してしまって……でも自分ではもう何もできないので、“神頼み”でした。1秒がすごく長くなっている感覚がしていて、とにかく1秒が早く経ってほしい、そんな感じでした」

ブエミと肩を組み、最終スティントを見守る平川

 晴れてハートレーがトップチェッカーを受け、歓喜に沸いたトヨタ陣営。その後、目標としていたル・マンの表彰台の頂点から群衆を見渡した平川だったが、笑顔は少ないように見えた。

 ポディウムに上がったときの平川は、「疲労度は100%を超えていた」。そして、まだ現実を飲み込めないでいた、という。

「自分が過去に写真とかで見たなかでも、一番お客さんが入っているように見えましたし、『これだけの人に注目されているなかで、自分はル・マンに勝てたんだな』という達成感を感じましたかね。ただ、現実だとまだ思えてなくて、顔をつねったら『夢でした』みたいな感じなのかなって。数日たっても、本当に達成したのかなと、不思議な気持ちです」

 4日経っても「まだ実感がない」という平川は、そう感じている理由を次のように自己分析している。

「やっぱり、まだ自分が先を目指しているからなのか、ここを通過点だと思っているからなのかなと。まだまだこの先、連覇であったり、いろいろな功績を残したいから、そう思っているのかなと。たしか2017年にスーパーGTのチャンピオンを獲ったときもそんな気持ちだったので、自分らしいのかなと思います」

2022年ル・マン24時間レース 表彰式の様子
総合優勝を喜ぶ8号車GR010ハイブリッドのセバスチャン・ブエミ、平川亮、ブレンドン・ハートレーと、中嶋一貴TGR-E副会長

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